久保博子教授と探る、快適な毎日を手に入れる睡眠、健康の科学
2023.12.07

奈良女子大学・久保博子教授と探る、快適な毎日を手に入れる睡眠、健康の科学。


私たち人類は、睡眠という行為と共に進化してきた。つまり人間にとって睡眠は、必要不可欠であり、生理機能として備わっているのだ。 睡眠は人類史において、何億年もの間変わらず受け継がれ続けているもので、これから先も睡眠の重要性は変わらない――

しかし、私たちが生活する日本は世界各国の中でも睡眠時間が短い国であり、2021年の調査ではついに世界ワースト1位というランキングも発表された。

睡眠不足は、生産性の低下を招き経済活動にも影響があるといわれており、睡眠不足による経済損失は約18兆円と言われている。

このような現状を踏まえて、私たち日本人は快適な睡眠とは何かを考える一方で、睡眠の重要性も考えなくてはならない時期を迎えたと言えるのではないだろうか。そこで今回は、人間工学、環境工学の分野を研究し、室温・湿度が与える健康への影響について研究する奈良女子大学研究院工学系・久保教授にお話を伺いました。

久保 博子
インタビュイー
久保 博子氏
奈良女子大学 研究院工学系
教授(副学長)


快適な睡眠のための室温・湿度を研究する奈良女子大学・久保氏


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―――まずは、研究概要について教えてください。

私は、人間工学、環境工学の分野を研究してきました。なかでも、暑さや寒さといった気温や湿度の環境が住居の中でどのように健康に影響を与えるのかという調査に力を入れています。

私が所属していた研究所は1960年代から睡眠研究を行っていました。 例えば「扇風機をつけるのは、睡眠に悪影響を及ぼすのかどうか」や「エアコンのタイマー機能を使用することが本当に最適なのか」などの研究です。

また、上向き、下向き、横向きなど色々な姿勢で体圧分布を計測して寝心地について検討しています。さらに年代別に睡眠調査をおこない、若い世代、高齢者世代など、年代や性別で調査しています。

―――ずばり質問ですが、快適な睡眠の条件は何でしょうか?

快適な睡眠には、布団の中の温熱が影響していきます。

例えば、布団の中の環境(寝床内気候)は、33℃±1度、想定湿度55%±5%の範囲が適切だと言われています。そして、35℃を超えると不快感を覚えます。

そして夏場は、布団利用する方が少ないのですが、寝床内気候は計測しにくいのですが、タオルケットなど薄手の寝具を使用して、この程度の安協が心地がよいです。シングルが薄いので、だいたい25℃~27℃の室温にすると快眠が得られる環境になります。

また夏場の場合は、肌と寝具との接地面も快眠に影響を与えます。

例えば、海外のウォーターベッドを湿度の高い日本で使用するとウォーターを包むカバーの上に湿気がたまり、不快感のもとになるということがわかっています。 そのため湿度の高い日本の夏場は、ゴザをひくなどの湿気対策も大切になります。

快適な睡眠のために夏場のエアコンは冷房と除湿のどちらが正解?


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―――「睡眠時の快適さ」と「健康」の関連性を説明していただけますか?

睡眠時の布団の温度や室温(暑さ・寒さ)が影響して、寝つきが悪くなったり、睡眠の質が低下したりすることが、結果的に健康への悪影響に繋がることはあるでしょう。

冬場の睡眠時は、布団で首から下を保温することができます。つまり布団の中の温度は、保温により保つことが能になる訳です。そのため、布団の中の湿度・温度を調整すれば室温が低い場合でも、それほど悪影響はありません。

しかし夏場は、寝具により暑さを防ぐには限界がありエアコンによる室温と湿度の調整が不可欠です。エアコンを使用する場合は、冷房を使用するのがおすすめです。除湿機能を使用して室温を調整するのは、あまりいい方法とは言えません。

なぜなら、除湿機能には「弱冷房除湿」と「再熱除湿」という2つのタイプがあり、使用中のエアコンが「再熱除湿」タイプだった場合は、室内機の中に部屋の空気を取り込み、一旦冷やして除湿して、下がりすぎた空気を温めて室内に戻しています。そのため、十分に温度を下げることはできますが、省エネという観点から言うと、消費電力も多くなってしまうのです。

したがって、夏場にエアコンで室温・湿度を調整する場合「冷房」を使用した方が効率的に室温・湿度を調整できるといえるのです。

※参照:独立行政法人中小企業基盤整備機構 省エネQ&A『弱冷房除湿と再熱除湿の違いは?

日本人の睡眠時間は世界ワースト1位!睡眠の重要性をしっかりと伝えたい


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―――日本は先進国でも睡眠が足りておらず、睡眠不足による経済損失も大きいとも言われていますが、日本特有の睡眠における課題は何でしょうか?

日本人の睡眠時間は、世界各国と比べても短すぎるといえるでしょう。

実際、経済協力開発機構(OECD)が2021年に33カ国を対象に行った睡眠時間の調査では、日本の1日の睡眠時間は、これまでワースト1位だった韓国を抜き、ワースト1位という結果でした。

不眠、睡眠不足は疲れや疲労感を促す原因であり、しっかりと睡眠をとらないと仕事のパフォーマンスも向上しません。

不眠状態の人の判断能力は、お酒を飲んで酩酊している状態と同等とも言われています。つまり、不眠状態で仕事をした場合、お酒を大量に飲みながら仕事をしている状態とパフォーマンスは同じになると考えられるでしょう。同じように、不眠状態での運転も飲酒運転の状態と同じといえます。

このように、身近なものを挙げるだけでも、睡眠の大切さはわかっていただけると思います。そのため、日本はまず適度な睡眠時間を確保することが課題だと言えますね。

※参照:厚生労働省『良い目覚めは良い眠りから 知っているようで知らない 睡眠のことECDの睡眠時間調査結果

―――なるほど……とはいえ、私たちのようなWEB関係や書籍、映像など制作仕事は、締切に追われて寝たいけど寝れない……という人が多いのが現実です。そんな人はどうしたらいいですか?

やはり、企業、働く人のマインドセットを変えて、社会の意識も変えていくことが大切だと思います。現場では「できないことはできない」と伝える必要もありますね。

アメリカ人の上司をもつと「残業するな」と言われるという話をよく聞くと思います。アメリカでは、優先順位の低い仕事はやらなくていい、本当に重要なことがけをやるというマインドが根付いているのです。

逆に日本の場合は、全ての仕事を引き受け、丁寧に仕事をしすぎる人が多い国だと言えます。上司の部下への仕事の割り振りが原因となり、部下のパフォーマンスが上がらなかったり、残業が発生してコスパが悪いといわれたり……

悪循環になっているのです。

―――現代の生活環境において、最も注意すべき「快適さ」と「健康」の問題は?

そもそも日本人は「睡眠は重要である」という認識が低いことが問題です。

人類史において人は、何億年も「夜になったら寝る」という生活サイクルで生きてきました。どんなにテクノロジーが発達しても、6~8時間は眠るという行為をやめるという遺伝子にはなっていないのです。そのため、まずは睡眠の重要性を理解して、しっかり眠ることがとても重要です。

また睡眠不足からくる体の不調は、生活習慣や寝具など何か1つを変えるだけでは改善はされません。睡眠不足で、体調に不具合が出ているのなら、その身体のSOSに耳を傾けてあげることも重要ですね。

―――一方で、職業によっては、社会の時間と睡眠の時間が一致しないケースも多いと思います。社会時間とのバランスを取るのが難しい人はどうしたら良いのでしょうか?

結論からお伝えすると、自分にとっての最適な睡眠時間を確保していれば睡眠をとる時間が夜22時から朝6時でも、朝5時~昼13時でも特に問題はありません。

実は、過去に私の息子の脳波を計測したことがあるんです。

当時、浪人生だった息子は、夕方から始まる予備校に通っていました。昼頃起床し、15時頃から予備校、夜遅くまで勉強して、深夜に寝るという生活スタイルでした。

こんな生活リズムで、しっかりと睡眠がとれているのかと気になったので、脳波を測っていみたところ、驚きの結果でした。教科書の手本のようなキレイな脳波が計測できたんです!

つまり昼に起きて、深夜まで勉強をする(時間外れているけれど、日を浴びて起きて、たっぷり眠る)けど8時間は眠る生活を続ける―――これは息子にとっては普通の睡眠だったということです。ここで課題となったのは、大学入試本番は朝からはじまることでした。自分が普段寝ている時間(つまり彼にとっては夜中)に、テストを受けるので、パフォーマンスに影響を及ぼします。

多少の時間は誤差かもしれませんが、普通の社会の始業時間と同じ時間に働く必要があるなら、睡眠一覚醒リズムとずれてしまうことで、パフォーマンスの低下を引き起こす恐れがあるので、生活スタイルの改善をおすすめします。

自分の身体を知ること。そして睡眠時間を確保すること。それが日本の未来を明るくする第一歩に……。


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―――研究の今後の方向性や目標について教えてください。

睡眠の質や仮眠という領域については、正確な情報を提示するのに十分なエビデンスが不足している研究領域でもあるんです。

今は快眠観葉についても研究を進めています。

また「睡眠の質」という領域も、昨今は研究も進んできましたが、さらに調査する必要があります。

例えば、就寝前の入浴に関していうと、お風呂上がりの1時間は寝付きが悪い傾向があります。1時間をすぎた後、身体が冷えることで睡眠状態に入っていくと言われているんです。

しかし、この就寝前の入浴についても細かく調査すると、何℃のお風呂に何分浸かったのか、シャワーだけの場合、入浴後の寝室の温度・湿度、冬なのか夏なのか―――様々な要素が複雑に交差して、睡眠に影響を与えているんです。そのため、「睡眠の質」に関しても今後も調査していきたいですね。

―――ありがとうございます。睡眠の質で言うと寝具との関係は?何かありますか?

睡眠の質に対する寝具の影響に関しては、これまでの研究では明確な関係はよくわかりません。

疲れて寝不足な状態の時は、どんな状況でも寝ますよね? そのため、高いマットレスや枕を使用しても、それだけでは睡眠の質が向上するとは言えないというような実験結果でした。

もちろん、自分にとって快適な睡眠環境を作ることは大切です。自分が寝た時に極端な不快感を抱かなければ問題なく、その環境が自分の中で快適ならそれで問題ありません。

―――未来の生活環境を理想的にするために必要なことは?

子どもはもちろんですが、大人にも、睡眠教育が重要です。適切な睡眠を取ることが、健康や日中のパフォーマンスにどのように影響を与えるのかを適切に伝える必要があります。

睡眠不足を削っての長時間労働は、仕事の生産性を下げるだけです。さらに言うと1人のGDPを低下させることに繋がり、それは日本経済全体に与える悪影響と言っても良いと思います。

また、子どもも同じです。学校や家庭でしっかりと睡眠教育をしていくことが大切でしょう。

実際に睡眠の時間が短い子どもは、算数の点数が低いという研究データもありますね。

―――久保先生の研究を通して、読者に伝えたい一番のメッセージは?

睡眠に関しては、書籍、WEBサイト、SNSで様々な情報が出ています。しかしそういった情報から得た知識よりも先に、自分の身体のコンディションを正確に把握することが重要です。

睡眠不足や睡眠に問題があるの場合は居眠りしてしまったり、考えがまとまらずパフォーマンスが上がらなかったり、何らかの影響が出ます。

自分自身の身体について知ることで、自分にとって最適な睡眠も知るきっかけになるでしょう。まずは自分の身体に目を向けて、しっかりと睡眠の時間を確保する、そして自分の人生のために、健康に意識を向ける―――このように一人ひとりの意識が少しずつ変わっていくことで、健康への配慮に加えて、経済力の向上にも繋がると思います。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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