2024.01.29

関西福祉大学・藤原慶二が切り開く、VRを活用した社会福祉教育とソーシャルワークの未来


日本の高齢化はすでに始まっており、2022年の時点で、総人口の29%が高齢者(65歳以上)となった。さらに、人口減少も歯止めがきかない状態で、約20年後には1億人を切ることが予測されている。

少子高齢社会で揺れる日本のなかでも、時代の最前線で働き続けるのが、社会福祉の現場である。どれだけ世の中が変わろうとも、目の前の利用者をサポートしていくのを使命としている。

しかし、世の中に欠かせない社会福祉業界でも、将来的に運営が継続できない危険性があるのをご存知だろうか。将来的に労働者が減っていく一方で、利用者が増えていくばかりのため、現場を保つことが厳しくなると予想できるためだ。

そんな社会福祉の未来を救うきっかけの一つに、ICTがある。ICTは、人 員不足をデジタルの力で解決し、少子高齢社会に対応できる可能性を秘めた技術だ。

今回紹介する関西福祉大学・藤 原慶二教授は、ICTを社会福祉へ導入する重要性を察知し、VRを活用したソーシャルワークの研究をしている。将来的に必須とされるテクノロジーをいまのうちに取り入れれば、社会福祉が長期的に発展し続けることが可能だ。

今回は、VR技術を用いたソーシャルワークを推進している藤原教授に、社会福祉にICTを導入する効果や現状の課題、未来へ向けたアプローチの方法についてお話を伺いました。

藤原 慶二
インタビュイー
藤原 慶二氏
関西福祉大学 社会福祉学部 社会福祉学科
教授


関西福祉大学・藤原慶二教授が研究するVRを活用したソーシャルワーク


藤原先生のお写真
―――はじめに、研究概要を教えてください。

社会福祉を専門分野としており、なかでも地域活動に焦点を当てたソーシャルワークの研究をおこなっています。

たとえば、地域に住む高齢者のケア体制を構築する「地域包括ケアシステム」の作り方を、自治体と協同して探求するのが主な活動の一つです。

近年では、ソーシャルワークにICTを取り入れ、社会福祉を発展させる取り組みに力を入れていますね。特に、VRの通信技術を使い、利用者の生きがいづくりや、社会福祉教育に役立てる方法の探求を続けています。

私が社会福祉にICTが必要だと感じた理由の一つは、アナログだけでは将来的に運営が成り立たなくなると感じたからです。少子高齢社会で働き手と利用者のバランスが悪くなり始めているいま、アナログの力だけではいずれ限界が来ると感じています。

とはいえ、非効率のなかに感じる人の温かさは、利用者との対話を重視する福祉の現場において、大きな価値をもっています。一方で、ICTという言葉だけで、どこか冷たさを感じてしまう風潮があるのが現実です。

ただ、社会福祉におけるアナログとICTは、相反するものではありません。たとえば、ICTを積極的に活用して業務効率化をすれば、アナログの部分に力を入れることもできるのです。

社会福祉の観点でソーシャルワークを推進していくためには、ICTの力が必要だと思い研究を続けています。

―――ありがとうございます。藤原教授が考えるソーシャルワークの概念は、どのようなものでしょうか?

広い意味でソーシャルワークを定義するのであれば、社会変革という言葉がしっくりきます。たとえば、既存の法律では解決できない問題を抱える人に対し、新しい法律が出来上がる仕組みを整え、解決につなげていく活動が挙げられますね。

ただ、もう少し狭い意味でソーシャルワークを捉えても良いと思っています。たとえば、目の前の課題に悩む人たちを支援し、解決や改善へつなげていくことも、ソーシャルワークの一つです。

私のVRで社会福祉に貢献する活動も、いまのところは狭い意味でのソーシャルワークに当たりますね。

イメージ画像
―――福祉の現場にVRを導入すると、どのような効果を実感できるのでしょうか?

主に、社会福祉の教育現場での利用に役立てられます。

教育課程でVRを導入するメリットの一つは、利用者の目線を仮想体験できることです。利用者が実際にどのようなことに困っているのかを、当事者の視点で理解できます。

また、新型コロナウイルスのような接触が制限される事態が起きても、VRを用いれば現場体験のシミュレーションが可能です。

ほか、教育現場以外でも、利用者によるVR技術の利用が期待できます。たとえば、外出の難しい利用者がVRで仮想体験をすれば、いままで感じたことのない新たな楽しみを発見できるはずです。

福祉の現場へVRを導入する構想は、日本でしか生まれない考えかもしれません。海外の高齢者は、福祉施設を利用せずに、自宅で生活をしているケースが多いんですよね。

施設のように行動が制限されていないため、VR導入の需要が少ないのかもしれません。ゆえに、社会福祉へのVR導入は、日本が推進していくべき研究だとも考えられます。

社会福祉がICTを活用していくためには、受け入れ体制の構築が必要


授業風景
―――福祉の現場に、VRをはじめとしたICT技術を導入するときは、どのようなことが課題になるのでしょうか?

ICTの導入コストを確保できないところが、社会福祉全体の課題です。

限られた財源をいかに回していくかを考えたときに、なかなか最新の機器導入までいたらないところが、大きな障壁になっているんですよね。

予算がないからと安価なものを入れてしまうと、汎用性に欠けてメリットを感じられないため、ある程度のものを導入する必要が出てくると思います。

社会福祉法人は、限られた財源で経営していることがほとんどです。とりわけ目の前の運営に予算を使うため、ICTを導入する余裕がなく、イノベーションが起こせない状態が続いています。

社会福祉法人が経営へ積極的になり、自主財源で最新機器を導入していく流れになれば、ICT導入の加速が期待できるかもしれません。ただ、長年の経営感覚を大幅にアップデートして、新しい財源確保に向かうハードルはかなり高いと考えられます。

―――なるほど。福祉の現場が、ICT導入の課題を乗り越えるための解決策はあるのでしょうか?

学生向けのICT教育を拡充したうえで、業界全体が受け入れ体制を整えることが必要です。

学生の頃からICTについての知見と興味を蓄積しておけば、福祉の現場で活躍できる新技術を積極的に提案していけるようになります。ただし、ICT教育を受けた学生の力を借りるには、福祉業界事態が受け入れ体制を整えておかなければなりません。

業界がICTに前向きな姿勢を取っておかなければ、学生は違う分野へ流れてしまいます。アナログ主体の考えから脱していくためにも、社会福祉全体がICTへポジティブになっていく必要がありますね。

福祉団体それぞれが受け入れ体制を整えていくためには、ストーリーづくりを軸にして、組織全体から理解を得ることが大切だと思っています。

最新のテクノロジーを導入するという切り口だと、なかなか組織から前向きな回答は得られません。「いかに利用者のためになるのか」という視点で必要性を語ることが、組織が予算を動かすきっかけを作るために必要です。

実際に、ICTの導入をすれば、運営の効率化が実現できます。たとえば、手書きの書類から電子への移行体制を構築するだけでも、利用者へ向き合う時間を増やすことにつながるんですよね。

とはいえ、福祉業界が受け入れ体制を整えるためには、年単位での時間がかかると思っています。VRのような歴史の浅い技術が浸透するのは、10年以上かかってもおかしくありません。

福祉業界が少しでも前へ進んでいくためにも、ICT導入に積極的な姿勢を取っていく必要があると思います。

ソーシャルワークやVR技術をきっかけにし、行動を起こすことが大切


藤原先生のお写真
―――藤原教授は、ICTをはじめとしたVR技術が拡充した未来に、どのようなことを期待していますか?

VR技術を活用して、寝たきりの人でも人生に充実感を得られる世の中になってほしいと思っています。

もちろん、自分の足で好きなところに行けるのが一番です。ただ、どうしても自由に体を動かせない人のためにも、VR技術を使った生きがいづくりが広まってほしいですね。

ソーシャルワークという言葉は、主に課題解決で使われる言葉です。しかし、実は人の楽しみを広げていくための活動も、立派なソーシャルワークといえます。

ICT技術のなかでも、人の幸せや希望を提供できるのがVRだと思うので、未来に向けた研究と普及に努めていきたいです。

―――社会福祉へのICT導入を推進している藤原教授から見て、急速に進化を続けるAIツールとはどのように向き合えばいいのでしょうか?

あくまでツールの一つとして、便利に活用していく道を見つけていくべきだと思っています。

AIに「仕事を奪われる」という概念が先行しすぎて、マイナスに捉えてしまう人も多いのが現状ですよね。ただ、すべてがAIに置き換わるようなことはどの業種でもなくて、人の手でなければできないところは残ると思うんです。

人ができる部分を探しながら、AIツールの一つとして割り切って使っていけば、マイナスなイメージも払拭できるのではないでしょうか。

私は、社会福祉こそAIを使いこなせる業界だと思っているんですよね。人の手を使うべき業務が多いので、AIに頼るところとの切り分けがはっきりして、仕組みづくりがしやすいのではと感じています。

―――最後に、これからICTの観点でソーシャルワークを推進していきたい人へ向けて、メッセージをお願いします。

VRのようなテクノロジーや、ソーシャルワークの考え方は、あくまできっかけの一つに過ぎないことを、ぜひ理解してもらえればと思っています。きっかけを利用して、いかに行動に移せるかが大切です。

社会福祉の問題を解決するためには、ほかの業界とも積極的な関わりをもち、境界線をなくしていくことも重要ではないかと思っています。ソーシャルワークに関係がなさそうな分野とも、協力すれば新しい考えが生まれてくるかもしれません。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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