「会いに行けるセンセイ」が語る「自分で選ぶ」ことの大切さ
2024.07.17

「会いに行けるセンセイ」が語る
「自分で選ぶ」ことの大切さ


高知市の私立土佐塾中学・高等学校で理科の教員をしている野崎浩平さんは週に1回、市中心部の京町商店街を舞台に「会いに行けるセンセイ」という活動を行っている。

自校だけでなく、他校の生徒や保護者も対象にして、現役の教師に気軽に相談できる空間を提供しているのだ。

そこで、このプロジェクトを始めたきっかけから、その反響、地域と学校との理想的な関わり方などについて、話を聞いてみた。

野崎 浩平
インタビュイー
野崎 浩平氏
土佐塾中学・高等学校
教諭


学校の先生って、地域に知られていないのかも


土佐塾中学・高校 取材用写真
―――「会いに行けるセンセイ」プロジェクトが始まったのは、コロナ禍真っ只中の2020年8月ということですが、どんなきっかけで生まれたのですか?

高知市の学校教員になる前は、東京の一般企業に勤めていたことがありまして、そのころから異業種交流会やセミナーなどに積極的に参加していたんです。自分とは異なる環境で働く人たちの立場や意見を知ることは、有意義な学びの場でしたから。

妻の実家のある高知県に移住して今の職場に就いてからも、そのような交流を続けてきたんですが、自分が教員であることを伝えると「えっ?学校の先生がなんでいるの?」と不思議な顔をされることが何度かあったんです。

もしかすると、学校の先生って地域のなかであまり知られていないのかも、そう思ったのと同時に、学校の先生のほうでも積極的に地域に関わろうとする人は少ないのかも、とも思いました。

そんなことをモヤモヤと考えていたとき、ある知り合いから「現役の先生に学校のことや子育てのことなどを相談したい」という話を聞いて、実験的にやってみたのが「会いに行けるセンセイ」のプロジェクトの始まりでした。
放課後の時間帯に知り合いの教員を集め、学校外で話せるイベントを開催したんです。

それが思いのほか好評で、毎週、定期的に開催するようになってからは年間でのべ50人程度を相手に対応しています。オンラインでも相談を受け付けていますので、県内だけでなく、全国のあらゆるところから相談が来るようになっています。

悩みに対処するには「自分で選ぶ」ことが重要


土佐塾中学・高校 取材用写真
―――どんな人が、どんな相談をしに来るのでしょう?

いらっしゃるのは小中学生や高校生の生徒と保護者が中心ですけど、なかには教育関係の仕事をされている方から「自分の教育プログラムを学校に取り入れてもらうためのアドバイスがほしい」という相談を受けることもあります。
プログラムの内容や伝え方が今の学校にふさわしいものなのか、といった細かい質問を受けて、できる限りのアドバイスをしています。

現役の学校教員というと、「授業や部活などの準備に追われていつも忙しくしている人」というイメージが世間にはあるようで、「じっくりと話ができてよかった」と喜ばれることも多いです。

―――生徒や保護者の場合、どんな相談が多いですか?

やはり、不登校になってしまったり、学校という場になじめない生徒やその保護者が来るケースは多いですね。

例えば以前、親子で不登校についての相談にいらっしゃったことがありました。
お母さんは最初、子どもが学校に行かなくなることで、勉強が遅れてしまうのではないかという心配を打ちあけられました。
そこで、その子に「お母さんは心配しているけど、勉強したい気持ちはあるの?」と聞いてみたんです。
すると、その子は言いました。
「学校に行きたくないのは、学校の雰囲気がザワついていて馴染めないだけで、勉強が嫌いだからじゃない」と。そして、参考書とドリルがあれば、自習だけで学校の勉強についていく自信はあると語ったんです。

その言葉を聞いて、お母さんは意外な顔をされていました。
そうなんです。相談に来る前に、親子の間柄でもお互い思っていることを共有できていないことがあるんです。

「会いに行けるセンセイ」の場は、そのような対話のきっかけを与える場でありたいと思っています。

―――しかし、現役の教員だったら「学校に通えるようになること」を前提に話を進めようするんじゃないかと思うんですが、いいんですか? 学校に行かなくても。

実際、今のように「いいんですか?」という反応をされることは多いです。
でも、いいんです。
生徒のなかには、学校の門を跨いだ瞬間から涙を流したりして拒否反応を示す子もいます。そんな子に対して「学校に行きなさい」と言っても問題は解決しません。

大事なのは、「学校に通えるようになること」というのは選択肢のひとつに過ぎなくて、ほかにも選択肢があるというのを知ってもらうこと。
フリースクールや通信制サポート校に乗り換えるという選択肢もあるし、休学して学校から一旦距離を置いたうえでやり直すという選択肢もある。

そして、子どもが自分の意志でその選択をすることが重要なんです。
ちなみに先ほど話した親子のおふたりは、その足で一緒に書店に寄って、参考書とドリルを買って帰ったそうです。

「対話」によって明らかになる悩みの本質


土佐塾中学・高校 取材用写真
―――野崎さんが「会いに行けるセンセイ」で果たしているのは、進むべき道を指し示すアドバイザーなのではなく、相手の話に耳を傾けるカウンセラー的な役割なんですね?

そうですね。ですから、「大学はどこを志望校にしたらいいですか?」という相談を受けるときも、「この学校がいいですよ」という言い方はしません。
なぜ、大学に進学するのか?進学したら、どんなことをしたいのか?どんなことを学びたいのか?ということを聞いて、そのためにはどんな選択肢があるのかを一緒に考えるというスタンスで臨みます。

先ほどの不登校の親子さんの例に沿って言えば、「学校にいかなくてはならない」というのは一種の固定概念で、「自分で選ぶ」ことにつながっていないのではないかと思うんです。生徒だけでなく、親もまた、そのことを忘れてしまうことがあるんですね。

―――1回の相談では解決策が見つからず、2度、3度と継続していくことも多いのではないですか?

ええ、多いですね。SNSが発達して、動画を含めたさまざまなコンテンツがあふれているのが今の時代ですが、情報がたくさんあるだけに、選ぶことのむずかしさがあるんだと思います。

例えば、「YouTubeでこんなことを言っていたけど、本当はどうなんですか?」と、教員である僕にセカンドオピニオン的な意見を求めてこられる方もよくいらっしゃいます。そういうときは、僕の意見をいきなり述べるのではなく、「あなたはどう思うんですか?」という問いを基本に対話を進めていく必要があります。

土佐塾中学・高校 取材用写真
―――タイパやコスパを優先する今の風潮とは、真逆のアプローチですね?

本当にそうですね(笑)。でも、めんどくさいという理由でそれを避けてしまうと、大事なことを見落としてしまうことになります。

悩みを打ちあけるのって、実は簡単なことではなくて、相談に乗っても、なかなか言葉が出てこないことがよくあります。そのときは、時間がかかってもいいという姿勢で相手の言葉を待つ。実際、しゃべってみると、自分の考えもまとまってきます。
「しゃべる→考える→しゃべる→考える」の繰り返しが大事なんですね。

これは、子どもについても、保護者についても同じことが言えます。
保護者の相談に乗っているときによく感じるのは、みんな真面目だということ。子育てに失敗したくなくて、プレッシャーを感じている様子を見受けることが多いです。
自分が住んでいる地域を見渡してみれば、子育ての先輩はたくさんいて、いくらでも相談相手がいるだろうと思うかもしれませんが、地域によってはそうした相談相手を見つけるのがむずかしいところもあるのかもしれません。

センセイと地域は、お互い理解し合うことが大切


土佐塾中学・高校 取材用写真
―――「会いに行けるセンセイ」の活動以外にも、さまざまなイベントやセミナーで講演する機会も多いと思います。何か印象的な出来事はありますか?

先日、就活中の大学生の前で話をする機会をいただきました。
就職先を選ぶというのは、人生のなかでも大事な選択で、いろいろプレッシャーがあると思うんですが、意外だったのは「悩みがあっても、友だちに相談するのに抵抗感がある」という人が結構多かったことです。
同じゼミの同級生には話せるけど、学部内や別の学部にいる、それほど親しくない人に対しては、自分が悩んでいることを知られるのが怖いと感じてしまうようなのです。
ここでもやはり、「対話」ができる空間が求められているんですね。

あと、最近、『学びのセカンドオピニオン』と題して音声プラットフォームのVoicyを通じて教育に関連した情報を発信しているんですが、理科の教科の話をしたとき、社会人の方から「実は学び直しをしたいと思っている」という反響をいただきました。生涯学習のお手伝いというのも学校の教員として、地域に貢献できるチャンスかもしれないなと感じました。

―――教育機関は地域と密接に結びついているはずなのに、「学校のセンセイ」を身近に感じている人は、そう多くないと思います。そのことについて、どう考えていますか?

地域がセンセイのことを知らない、センセイも地域のことを知らないという状態は、両者を敵対的な関係に陥らせてしまう危険性がありますよね。
おっしゃる通り、教育機関は本来、地域に密接に結びついている存在なのだから、双方が理解し合えるような取り組みを続けるべきだと思います。
「会いに行けるセンセイ」の取り組みが、そのために一役買うことができればうれしいですね。

―――ありがとうございます。最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

しんどくなったときは、立ち止まって、落ちついて自分のことを見つめることが大事だと思います。そして、誰でもいいから悩みを打ちあけて、自分の考えを整理するのが有効です。
すぐに解決法は見つからないかもしれないけれども、そんな心の棚卸しがときには必要なんじゃないかと思います。対話を続けていけば、きっと答えは見つかるはずですよ。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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