青年期の居場所探し: 安心できる人との対人関係の重要性
2024.04.22

青年期の居場所探し: 安心できる人との対人関係の重要性


あなたには心から安心できる「居場所」はありますか?

インターネットやSNSの発達した現代において「居場所」は多様化し、細分化しているように感じる。そんな現代社会のなかで青年期を迎える子どもたちは今、どのように自分の「居場所」へとたどり着いているのだろうか。

青年期における心の安らぎを見つける場所とは何か、そしてそれが個人の精神健康や社会的な関わりにどう影響するのか……今回は奈良学園大学の人間教育学部人間教育学科、岡村季光教授にお話を伺いつつ、青年期の対人関係の複雑さとその中での居場所の見つけ方の重要性について考えていきたい。

岡村 季光
インタビュイー
岡村 季光氏
奈良学園大学 人間教育学部人間教育学科
教授


「居場所」をテーマに研究を続ける奈良学園大学・岡村教授


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―――まずは、先生の研究概要、研究テーマについて教えてください。

私は、長年「居場所」をテーマに研究をしています。

具体的には紙に書かれた質問項目に対する回答を得ることにより、調査協力者の行動・意識・価値観などを測定する研究方法である質問紙調査という形で、大学生を対象に「居場所」についての調査・研究をしています。

また、居場所と青年期の発達がどのように関連しているのかにも関心があります。
例えば、対人関係や適応問題(暮らしていく中で葛藤や不安を体験することなく生活すること)などが青年期の自分の居場所とどのように関係しているかについても研究してきました。

―――対人関係や適応問題は青年期の「居場所」とどのように関連してくるのでしょうか?

居場所は、社会的居場所と個人的居場所に分けて語られることが多くあります。

社会的居場所とは、他者と共有している空間で、人との関わり方を意識しながら、自分自身の存在価値や役割などを確認できる場所のことで、個人的居場所は、自分の部屋や家庭など一人で占有できる空間で、自らを振り返ったり、ありのままでリラックスしたりできる場所のことを指します。

人と過ごす事と自分一人の空間の中で過ごす事のどちらを好み安心感を得られるかは個人差があるといわれています。当然、両方求めている、両方大事だという人も多いでしょうが人との関わりの中で居場所を感じる場合と、一人でいる時に居場所を感じる場合があるということを覚えておいて欲しいです。

そして、一人で過ごす時に居場所を感じる人は、人と過ごす中で自分の居場所を感じる人とは特徴的な部分があります。具体的には、人との関係の取り方に距離があったり、一人の世界を好んだり、そういった部分が特徴と言えます。

―――個人的居場所を好む人は、一人でいる時に居場所を感じるに至る経緯や動機があるのでしょうか?

そこについては実証的に調べきれてない部分もありますが、おそらく二通り考えられると思います。

一つ目は、人との関係において、人と関係に辛さを感じてしまって結果的に一人で過ごす方がいいと思うパターンです。二つ目は、人との関係を第一にはしつつも、ずっと人と付き合うは厳しく一旦距離を置いて自分の世界に一時的に志向するパターンです。

前者と後者は同じ個人的居場所を好む人ではありますが、少し違いがあります。前者は、自分のなかでどうしようもできない状態になり結果的に一人の世界に行かざるを得ない人。後者は人との関係と自分の世界という選択権を持ちつつも、一時的に自分の世界を選んでいる人です。

実は、社会的居場所を好む人にも二通りあります。一つは、人との関係をすごく求めている場合と二つ目は仲間外れにされたくないから人との関係を維持し続けようとする場合があります。

そのためその人の考え方によってどのような「居場所」のスタイルをとるのかは違いが出てくるでしょう。おそらくその過去の経験(文脈)に起因する部分があるのではないかとは思いますね。

―――青年期における「居場所」の定義や概念について教えてください。

青年期における「居場所」の定義については様々な人がいろいろな事を定義しているため、「居場所」にはたくさん意味がありますが、そのなかでも共通で語られていることをお話していきたいと思います。

「居場所」はそこにいる場所という物理的な側面と、その場所で自分がどういう事を感じているのかという心理的な側面を持っています。広辞苑で「居場所」を調べると「いるところ、いどころ」という物理的な側面の記載しかありませんが、最近の辞書(例えば日本国語大辞典)の中には「人が世間、社会の中で落ちつくべき場所、安心していられる場所」という書き方をしているものもあります。

居場所の研究は不登校問題などが取り上げられ始めた1990年代から盛んになり始めました。そのような中で、当時の文部省は居場所を「児童生徒が存在感を実感することができ、精神的に安心していることのできる場所」と定義しています。当時は「心の居場所」という言い方をしていましたが、とても心理的な意味ですよね。「居場所」には物理的な意味と心理的な意味の二つの側面があるというのは、さまざまな人の「居場所」についての定義の共通項のひとつです。

心理的な居場所には、構成要素というものが考えられます。構成要素とは、一つは時間、二つ目が空間、三つ目はそこにいる人間です。

時間と空間と人間という三つの要素が居場所の中にある中で、前述した社会的場所と個人的場所は自分以外の人間が「居場所」に居るのか居ないのかの違いであることがわかります。その場所に自分以外の他者が何らかの形で居れば社会的居場所になり、一人の空間(プライベート空間)であれば、個人的居場所ということになります。

居場所の構成要素の空間についても同じように、物理的な場所に限りません。人と交流する場所であれば居場所の構成要素の「空間」になり得るため、ネット上の掲示板、SNSなどに居場所を見出すというケースもあるでしょう。空間という部分も物理的な場所を基本としつつも、物理的ではない場所(インターネット上など)に居場所を生み出すというケースもありますね。

そして居場所の構成要素の「時間」に関しても、今その場所で過ごす時間と、そこの時間でどれだけ長い時間を過ごすのかという二つの意味があります。

「居場所」の定義を整理すると、物理的な意味とそこに感じる心理的な意味があります。私の専門は心理学でもあるため、その立場からお話すれば時間、空間、人間という三つの要素で「居場所」は構成されるものです。

居場所を提供するだけでなく、その人の未来も見据えたサポートを!


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―――青年期は、柔軟でありチャレンジングな時期です。逆に傷つきやすく、何かされたことがトラウマとして残ってしまいやすいのも青年期の特徴だと思いますが、青年期における「居場所」の重要性について、先生はどのようにお考えですか?

発達心理学の観点で言うと、青年期とは中学生、高校生、大学生頃を指します。青年期と一言で言っても前期(中学生)・中期(高校生)・後期(大学生)ごとに居場所の捉え方に大きな違いがあると思います。

具体的に言うと例えば中学生の生活空間は学校がかなり大きな位置を占めています。中学生の場合は、家庭と学校という二つの部分が主な生活空間領域になるので、家庭でも学校にも居場所を見いだせないととてもつらい思いをすることになることが予見されます。

高校生や大学生になると、生活空間が広くなります。バイト先、学習塾、同じ趣味志向の人たちのサークルなど学校と家庭以外の場所が広がり、学校や家庭以外に居場所を見出すという人もいるでしょう。

そのため青年期を前期(中学生)と捉えるか、高校生・大学生(中期、後期)と捉えるかで「居場所」の重要性は変わってくると思います。

人間は人との関係によって成長します。安心できる場所で、自分がその場所での存在感を感じるとか、そこに自分の存在意義があると感じる場などが必要になるでしょう。

先ほど申し上げた通り、居場所は不登校の問題と関係しています。中学生になると不登校問題も増えてきます。
発達の観点から青年期は、対人関係で重視するのが家庭での親子関係や母親との関係であったところから、友人関係を重視する傾向に移行する時期でもあります。その中で友人関係につまずきを感じてしまった場合、対人関係に辛さを感じてしまうこともあるでしょう。

―――今のお話を聞いていて、大人が「居場所」が学校だけにならないようにしてあげるなど、サポート体制を作ることも重要になってくるのでしょうか?

大人のサポート体制が必要ではあると思います。ただ一方で、そのサポート体制の中にいつまでもいられるわけではないというのも考えなくてはならない部分だと思います。
サポート体制があることで、次のステージに行きづらくなってしまうなど依存的な形になる可能性もあるでしょう。

安心できる時間・空間を提供するサポートは必要だと思いますが、逆にその安心できる時間・空間から自立できるサポートも必要になってくると思っています。

コミュニティの細分化や「孤独」など「居場所」探求の課題は多い


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―――現代の青年が直面する「居場所」の探求における最大の課題は何だと思いますか?

1990年代から不登校の問題と同等に注目されて「居場所づくり 」が行われるようになってきたのですが、第三者としての居場所づくりと、本人がそこに居場所を見出せるかは別問題です。第三者的な立場からの居場所づくりと、本人が居場所と思うかどうかのズレについては、以前から言われている「居場所」探求における課題ですね。

「居場所」が物理的な場所だけでなくSNSなど非常に多様化し、さまざまなところが居場所として機能している現代においても、この「ズレ」の課題はあると思っています。

―――デジタルメディアとソーシャルネットワーキングの普及が、青年の「居場所」にどのような影響を与えていると思いますか?

「人にとって居場所はなくてはならないものである」というのが基本的な考えです。

しかし、現代はさまざまなジャンルが細分化され、共通項(共感)が生まれにくい状態になってきています。例えば、アニメや漫画、音楽でも同じ作品をみんなで視聴する、楽しむということがしにくい状況になっていると思います。昔は「〇〇見た?」と言えば、大多数の人に伝わったものが、今は細分化した小さいコミュニティにしか伝わらない……。

その小さなコミュニティの中ではお互いに分かり合えるけど、異質なもの(他のコミュニティ)とは交流は薄れていっているように感じます。現在、大学で教えていることもあり、大学生と話していると「分かり合えなさ」が増えていると感じることがありますね。これはあくまで私の主観ではありますが。

―――「居場所」がない状態が与える影響にはどのようなものがありますか?具体的な事例があれば教えていただきたいです。

主に個人的居場所に居ざるを得ない、結果的に自分一人にならざるを得ないという「孤立」や「孤独」と精神的な健康との関係はあるといわれています。例えば、抑うつや気分の落ち込みの問題などが挙げられるでしょう。

もちろん個人的居場所は「孤独」などネガティブな意味ではなく積極的に一人を志向する人もいます。その人にとって個人的居場所の精神的な健康への影響は見出せませんし、むしろ個人的居場所を楽しんでいる人もいます。

ただ「孤立」 状態に陥っている人にとっては、精神的な悪影響があることが指摘されています。
これは老年期における独居率の問題にも直結する話です。人との関わりをどのように築いていけばいいのかはとても大事ですし、人は関わりの中で生きて、成長発達していく存在でもあるので人との交流を積み重ねていくことが必要になるでしょう。青年期に関わらず、孤立のしている人にとっては、その状況を改善するためのサポートというのはすごく求められるとは思います。

親は子どもに「味方である」ことを伝え続けることが重要!


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―――親目線と子ども目線で家庭の居場所づくりにはギャップがあると思いますが、家庭で子どもに居場所を作るために親はどのような取り組みをするべきなのでしょうか?

「親は子どもの味方である」という考えは大事だと思います。
何があっても私はあなたの味方だからと全面的に子どもの成長発達を信じ、守り抜くというのが親としてすごく大事なものだと思います。他人に対して全面的に守る、信じるというのは親から子に対してしかできないことです。

これは庇護するという意味ではなく、いずれ巣立ち、自立していく過程の中で、巣立ちのところまでは守っていく、子どもの味方という姿勢が大事という意味です。また、思っているだけではなく、何かあるごとに子どもに「私は何があってもあなたの味方だから」と伝えていくことも大切でしょう。

―――例えば、組織のチーム作りで効果的な言葉の使い方はどういったものがおすすめですか?

学校教育でよく言われる話ですが、その子が自己存在感を持つ時は何らかの役割を与えることが大事だといわれています。
そのため職場でも、人によって得手不得手はあると思うので、その人が一番力を発揮できることを見極め、その役割をお願いするのがおすすめです。そして目標を達成したら賞賛し、できなかった場合は「ここはこうした方がいい」とアドバイスを送るなども必要です。

その人が自己存在感を持つに至る上で、自分がその場にいる意味を見出だせる一環としては、その人に役割を持ってもらい、役割を全うできるようにサポートすることが組織という点で言うととても重要な点だと思います。

―――未来における青年期の「居場所」を形成するための具体的な戦略や提案はありますか?

ものすごく難しいところで、前述した「居場所づくり」をしたとしても、その人が居場所として認知するかという課題とも直結するのですが、ケースバイケースの対応が求められると思います。

人に対する「傷つき」を持ちたくないから人との関わりを拒絶するケースもありますので、関わりや対話を持つこと自体が難しいこともありますが、まずはその人と繋がりを築き、対話することがスタートラインだと思います。その中で何かその人のフックになるようなもの、琴線に触れるような事など趣味志向も含めて、その人の本質を見つけ出すことが重要だと思います。

―――岡村先生の研究を通して、読者に伝えたい一番のメッセージは?

自分が生きているという自己存在感や自分がこの場所に居ていいんだという感覚は、人が生きる上でとても大事なことです。では、それは何によってもたらされるのかというと、やはり人との関係なのです。自分がここにいていいんだと思える事や場所は何かと考えていくことは、人にとって大切なことだと思います。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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