学校教育でグローバル人材は育成できるのか!?国際化で変わる教育の真相。
世界は日々グローバル化が進み、日本の学校教育における国際化と多文化共生は待ったなしの課題となっている。
教育現場では、グローバル人材の育成を目指し、英語教育の充実や外国語会話機会の増加など、教育現場では様々な取り組みが試みられているが、課題も山積みだ。
言語の壁を乗り越え、異文化の受け入れを促進し、世界で活躍できるグローバル人材の育成。
教員は、この難題にいかに立ち向かうべきか。
本企画では、宮城教育大学の市瀬智紀教授にインタビューをし、グローバル化する社会にあって学校教育が果たすべき役割と、これからの教育のあり方を探る。
現場の最前線で進行中の変化に着目し、教育のグローバル化が教育の質やアプローチにどう影響を及ぼしているのか、教室を飛び越えた世界を探求する。
紹介URL:https://researchmap.jp/read0048195、https://www.mext.go.jp/content/20220425-mxt_kyokoku-000006862_03.pdf
殻を破って、小さな成功体験を――学校教育の国際化に向けて
―――まずは、研究概要について教えてください。
現在は、大きく分けて2つの研究を行っています。
1つ目は、世界の教育の潮流やトレンドにキャッチアップするための研究です。
例えば、UNESCO(国連教育科学文化機関)やOECD(経済協力開発機構)などの国際機関が、新しい教育の方法や、コンピテンシー*ベースの教育観を提案しています。
そういった教育観を日本の学校現場に適用することが目的です。
2つ目は、外国人児童生徒をどのようにサポートし、日本語や教科の学習をどう支援していくかという、身近な課題への取り組みです。
これは、具体的なケースの中で、適切な支援の方法を検討することになります。
近年、注目を浴びている教育方法の1つに、トランスフォーマティブ・エデュケーションがあります。
トランスフォーマティブ・エデュケーション(Transformative Education)は、「変容」や「変革」を意味する英語の“Transformative”に由来する言葉で、世の中を変えることのできる人材を育成することに焦点を置いています。
個人が自己変革するだけでなく、社会に働きかけ、より良い社会を実現できる人材を生み出すことが重視されています。
社会を変えるという観点では、社会企業家の育成や、ビジネスにおける起業家精神(エンタープレナーシップ)の涵養にも関連してきます。
しかし、それは経済や文化の側面に限定されるものではありません。
サイエンスのイノベーションを通じて世の中を変えることも、重要な方法の1つです。
過去の反省から、個人の優秀さや大学進学することだけでは世の中は良くならないことが分かっています。
世界の教育関係機関も、本質的には、個人の変革を通じて、社会を変革できる人材を生み出すことが不可欠であると強く意識しているようです。
単に個人の成績が良いだけでは意味がなく、世の中を良くしていく人材の育成こそが、真に求められていると考えられています。
■コンピテンシー
教育分野において、コンピテンシーとは「知識や技能を活用するための思考力・判断力・表現力や主体的に学習に取り組む態度などの資質・能力」をしめす。
―――現代の学校教育における、国際化や多文化化の必要性について教えてください。また、国際化や多文化化を進める上で最も大きな障害は何だと考えますか?
学校教育における国際化や多様化については、より一層重要になってきたと言えるでしょう。
従来、国際化や多様化は重視されてきましたが、そのイメージは、英語がとてもできる生徒や留学経験のある生徒、外国を訪れた経験のある生徒といった、特別な存在を指すものでした。
しかし、そうした限定的なイメージではなく、すべての生徒が国境を越えて海外とつながり、様々な新しい視点を身につけ、柔軟な発想力やチャレンジ精神、さらには創造性を養うことが望まれています。
国際化の文脈は非常に重要であり、国を越えてチャレンジしていく創造性とチャレンジ精神を、国際教育の中で育んでいくことが期待されているということです。
東京の私立学校では、国際化を全面に打ち出した教育が行われている学校が数多くあります。
国際バカロレアの学校やインターナショナルスクールもその一例です。
しかし、日本の全ての公立学校の生徒を含めて、国境を越えて海外とつながり、幅広い視野や考え方、価値観を養うことの広がりは十分であるとは言い難いでしょう。
そこには、海外や外国に対する心理的な障壁があり、「自分とは関係がない」と感じてしまう生徒の心の中のバリアが、一番大きな障害となっていると思われます。
一歩を踏み出せないその心理的ハードルを乗り越えることが、最大の課題です。
こうした心理的なバリアを外すためには、実際の現場体験が非常に重要です。
私の大学でも、生徒を海外(オーストラリア)へスタディツアーとして連れて行っています。
そしてインタビュー当日も、ハワイ大学の学生が来校し、日本人教員や学生と教室で英語による交流を行っています。
このように、一つ一つの小さな体験を重ねていくことで、心のバリアが取り除かれていくのです。
若い世代は柔軟性があるので、「別に大したことではない。次はもっとやってみよう」という気持ちになれると思います。
「小さな成功体験」とは、少し自分の殻を破って成功することです。
それが自信につながり、さらなる挑戦へと繋がっていくでしょう。
たとえ小さなことでも、自己肯定感を持てる経験を積み重ねていくことが、自信の源となります。
偏差値に囚われるな?チャレンジする心があれば世界は広がる
―――実際の教育現場で国際化・多文化化を推進するためには、どのようなアプローチが有効なのでしょうか?実際に取り組まれている具体例などがあれば、教えてください。
国際化や多文化化を進める上で、英語の学習は重要ですが、それに留まらず、理科や社会など様々な教科においても、国境を越えて学び、交流することが非常に重要です。
近年、進学校の高校などでは、生徒自身が探究学習を行い、理系・文系の研究成果を英語で発表し、海外に向けて発信することが増えてきました。
こうした学習は、まだ一部の進学校に留まっていますが、このように、国内だけでなく海外に向けて何かを発信していくような経験を、あらゆる学校で得られるようになれば良いでしょう。
話は少し逸れますが、必ずしも大学進学を目指さなくても、YouTuberの中には自らの動画に英語の字幕を付けて海外からのコメントに英語で返すなど、海外との交流を意識的に行う人がいます。
これは英語が得意か苦手かではなく、チャレンジする意識の問題なのです。
このような意識が普及していけば素晴らしいことです。
留学だけでなく、外国の情報や文化に触れる機会を増やし、視野を広げることが重要になってくると思います。
現状では、国際的な活動を行うのは一部の特別な場面や人々に限られ、多くはありません。
しかし、こうした場面が日常化し、社会のあらゆる場所に存在するようになれば、地域社会や国民一人一人が国際化していく大きな鍵となるでしょう。
そのため、学校教育への期待は大きいものの、教員だけでは解決が難しい課題です。
例えばヨーロッパでは、公共放送でたびたび英語が流れ、役所でも英語の文書が受け付けられるなど、社会環境の整備が進んでいます。
日本においても、このような社会環境の展開が非常に重要であると考えられます。
母語の大切さは前提としつつ、英語に触れる機会を増やすなど、国際化を促進する環境作りが不可欠なのです。
―――実際の日本の教育システムにおける国際化の進展について、具体的な成功例を教えてください。
私は現在の学校教育を否定しているわけではありません。
昔に比べれば、小学校での英語教育が低学年から浸透し、大学入試の共通テストでリスニング問題が導入されるなど、全体的な英語への抵抗感は減り、英語力は向上してきています。
しかしながら、東南アジアの国々と比べると、日本ではなお英語を自然に使って対応できる状況にはなく、抵抗感が残されているのも事実です。
一方で、成功例も見受けられます。
例えば、さいたま市では、中学3年生の英語検定3級相当の英語レベルの達成度が4年連続で全国1位となり、全国平均49.2%に対し86.6%と非常に高い数値を示しているんです。
この公立学校の事例は、適切な取り組みによって進展が可能であることを示唆しています。
この成功例を再現するには、予算を確保し、ALT(外国語指導助手)の活用など、行政や教育委員会による働きかけが極めて重要になるでしょう。
少しずつでも働きかけを続ければ、確実に効果が現れると思います。
また、国際化を進める上では、偏差値からの解放も重要な課題になってくるでしょう。
英語が苦手だから偏差値が低く、自分には海外とは無縁だと思い込んでしまう傾向があります。
学校の入学試験において、偏差値が英語力の選抜基準とされてきたことが、心理的なバリアを強化してしまっているのかもしれません。
言語は教科として扱われがちですが、本来は生活の一部にちがいありません。
日常的に使う機会があるかどうかが重要なのであり、英語に限らず、偏差値や大学入試とは次元の違う話なのです。
完璧である必要はなく、まずは簡単に話せるようになり、チャレンジする姿勢が大切なのではないかと考えています。
“当たり前”に国境を越えてー理解し合う社会が切り拓く新しい未来
―――多文化共生の環境を構築する上で、教員に求められる資質やスキルは何だと思いますか?
これは非常に難しい課題だと考えられます。
なぜなら、偏差値だけでなく、社会にどのように働きかけ、変えていけるかを見据える必要があるからです。
大学入試においても、従来の試験による選抜から、推薦入試やアドミッションオフィス入試、総合型選抜など、様々な選抜方法が取り入れられるようになってきました。
そこでは、志願者が自分の興味関心を追求し、それがどのように社会に影響を与えたかが評価されるようになっています。
これは、探究力や表現力を伸ばし、自らが主体的に探求し、社会にどう働きかけ、変容をもたらしたかという点に着目が移りつつあることを示しています。
しかしながら、依然として点数や偏差値による選抜が重視される傾向は強く、親からの進路に関するプレッシャーも大きいのが実情です。
教員が個性豊かで創造性に富んだ生徒の育成を目指しても、社会環境がなかなか変わらないのが現状といえます。
教員、生徒、親も含め、それぞれが不確実な時代を迎え、確立された答えのない課題に向き合うことが日常化しているのです。
そのため、教育現場でも、生徒と一緒になって考え伴走するアプローチが重視されるようになってきています。
答えがない中で、生徒と共に歩みながら、最善の方向性を見出していくことが求められており、こうした変化が着実に進みつつあると言えるでしょう。
国際化が当たり前になった社会においては、変化を恐れずに挑戦し続け、答えのない状況下でも何らかの一手を見つけるためにアクションを起こし続けることが重要になってくると思います。
もちろん、引き続き伝統ある名門企業で働く人も多くいて構いません。
しかし同時に、自らクリエイティブな新しい企業を起ち上げ、新たな分野を切り拓いていく人々の活躍の場が、より一層広がっていくことが予想されます。
教育を通じて、そうした時代の先駆けとなる人材を育成していくことが求められるのではないでしょうか。
国際化に限らず、社会全体が変革の時代を迎えています。
海外に打って出て産業を展開していかなければ生き残れない状況ですから、クリエイティブであることとインターナショナルであることは不可分の関係にあります。
クリエイティビティ、イノベーション、国際性は極めて強く結びついているのです。今後は、海外に出ることが当たり前といったような社会全体による雰囲気づくりが重要となります。
日本では、英語が話せる、3か国語を操るなどと特別視される傾向がありますが、海外では多様なバックグラウンドを持つ人々が当たり前に存在するので、そうしたことは特別なことではありません。
そうした多様性が普通になるような社会を作っていくことが望ましいでしょう。
社会全体の価値観や雰囲気を変革していくことが、非常に重要な課題だと思います。
―――市瀬教授の考える教育環境の将来の理想像を教えてください。現在の取り組みから、今後どのような未来が期待できるでしょうか?
国境を越えて様々な多様なアイデアや価値観に触れることで、日本発の新しい知恵が生まれ、科学技術やスポーツ、様々な分野で世界に貢献し、活躍できるようになるでしょう。
しかし、そのためには臆することなく海外とつながり、様々な価値観を積極的に吸収し、クリエイティブなアイデアを生み出せる人材が不可欠です。
逆にそうした人材が育たなければ、厳しい状況に陥ることになります。
一方で、どのような社会が参考になるのかという点に関しては、ヨーロッパ諸国の例が参考になります。
とくに北ヨーロッパ諸国では、母語で学ぶことと並行して若者は躊躇なく英語で議論を交わしています。言葉が完璧でなくても構わず、コミュニケーションすることを重視する環境なのです。
日本社会もそうした開かれた環境になれば、外国からの投資を呼び込むことができ、日本の子供たちも海外の人々と議論できる機会が生まれるでしょう。
母語の大切さは言うまでもありませんが、同時に外国語、特に英語を自由に使えるようになることが重要です。
言語の壁を越えて相互に理解を深め合える環境づくりが不可欠で、そうした社会は確実に日本の将来に大きな可能性をもたらすはずです。
多文化は”カレーのスパイス”?知らなければ怖いが、知れば新しい扉が開く
―――日本は世界的に見て、国際化が遅れているといった体感があります。国際化が遅れていたにもかかわらず、国際化に成功した実際の具体例があれば、教えてください。
東アジアでは、韓国が教育における国際化の展開が先んじていると考えられます。
また、東南アジアの国々もキャッチアップしてきており、かつては厳しい状況にあったベトナムやタイ、インドネシアでも、英語による議論や発表が活発になってきているんです。
これらの国々では、英語で書いたり発表したりすることへの抵抗感がほとんどなくなりつつあります。
もちろん、日本も国際化に努力を重ねてきて、ネガティブに受け取る必要は全くありません。
ただ、東南アジア諸国のような急速な国際化には及んでいないのが実情ですから、東南アジアの国々や東アジアの韓国の国際化の展開は、日本にとって参考になるでしょう。
シンガポールやフィリピンは元々英語ができる環境にありますが、そうでない国々、ベトナム、タイ、インドネシアなどが効果的に国際化を進めてきたことは注目に値します。
日本の学校現場でも、国際化を打ち出す高校は増えてきましたが、生徒が外国人と議論できるレベルまでは至っていません。
ALT(外国語指導助手)の活用や英語の授業は行われていますが、テストの点数を重視する程度に留まっている傾向があります。
企業においても、英語の社内言語化はまだ一部の先駆的な企業に限られているのです。
将来的に、日本の学校教育が国際化を進めることで、どのような社会が実現可能かというと、東アジアでは韓国が最も良い例となるでしょう。
韓国の教育には受験重視の課題も顕在化していますが、英語を使って積極的に海外とコミュニケーションを取るという態度の醸成という点では、日本が学ぶべき点は多いと考えられます。
英語によるグローバルなコミュニケーション能力の育成は、日本が目指すべき大きな目標です。
―――最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします!
現在の日本の教育制度にも、しっかりとした部分や形式が整っているなど、重要な側面は多々あります。
しかし、これからの時代を乗り越えていくためには、従来の形式面に加えて、国際化や多様性とのバランスをもう少し転換する必要があるでしょう。
まず、英語ができないことがコンプレックスとなり、国際化を進める上での大きな障害になっているという現状があります。
そうした心理的なバリアを取り払い、一歩前に出ることで、国際社会の多様な考え方や価値観を吸収できます。 自身の利益につながるだけでなく、将来のキャリア形成の可能性が広がるでしょう。
ですので、読者の皆さん、特に親御さんには、なんでも危ないからといって制止するのではなく、子どもが一歩を踏み出すことを見守っていただきたいと思います。
必ずしも留学や海外の大学に行くことが重要という訳ではありません。
趣味やスポーツ、音楽など、様々なきっかけで海外とつながることができます。
海外で鍛えられたという経験は、「何でもできる」という自信につながります。そして、それによって多様な価値観や考え方を身につけられるのです。
最後に、多文化を知ることは、「カレーのスパイス」を知ることと同じです。
知っている人にとってはスパイスは料理を豊かにしますが、知らない人には抵抗があり、自分とは関係ないものになります。
ぜひ、世界の多様な情報や価値観を受け入れることで、クリエイティビティを生み出し、イノベーションを進めていきましょう。
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