障がいのない社会への橋渡し:札幌市特別支援教育の先に
2024.09.30

障がいのない社会への橋渡し:札幌市特別支援教育の先に


全国に数百校ある高等特別支援学校のなかでも、画期的な取り組みを行う「市立札幌みなみの杜高等支援学校(以下、みなみの杜高等支援学校)」。同校では、知的障害のある生徒たちが卒業後も社会で活躍できるよう、生徒一人一人の可能性を引き出すためのさまざまな教育が実践されている。

今回は、同校の校長を務める小山学氏にインタビューを行い、その教育理念や具体的な取り組み、今後の展望について詳しく話を伺った。

小山 学
インタビュイー
小山 学氏
市立札幌みなみの杜高等支援学校
校長


従来の常識にとらわれない特別支援学校を目指した。


市立札幌みなみの杜高等支援学校 引用:市立札幌みなみの杜高等支援学校 公式ホームページ

―――みなみの杜高等支援学校の設立の背景を教えてください。

平成25年当時、札幌では「平成29年問題」というものがありました。平成29年には知的障害のある生徒たちの受け入れ先が不足するだろうと予測されており、市内に高等支援学校を1校新設しなければならない状況だったんです。

そのため、高等支援学校を管轄する北海道教育委員会と札幌市教育委員会のどちらが造るのか議論が続いていました。学校の新設には約3年かかるため、最終的に平成26年1月に札幌市が造ることが決まり、平成29年に市立札幌みなみの杜高等支援学校が開校しました。

私は開校以前、市内にもう一つあった高等支援学校に勤務していたのですが、札幌市教育委員会からお声がけいただき、学校の立ち上げに携わることになりました。その際に私が思ったのは、これまでにないような常識にとらわれない魅力的な特別支援学校を創りたいということでした。

―――ほかの特別支援学校との大きな違いはどんなところですか?

全国には多くの高等支援学校(高等特別支援学校)、つまり知的障害がある生徒が通う高校があるのですが、ほとんどが職業学科で、普通学校でいうところの商業高校や工業高校のような形態なんですね。しかし、本校は普通科を設置しました。なぜ普通科にしたかというと、職業学科では設置した学科を柔軟に学ぶことができないなどにさまざまな制約が出てくるからです。

たとえば、職業学科に入学すると、基本的には所属した学科で3年間学び続けなければなりません。しかし普通科であれば、すべてのコースをまんべんなく学びながら自分の進路を柔軟に決めていくことができます。当校は普通科の中に7つの職業コース(令和6年度より6コースに再編)を用意しており、これを普通科職業コースと呼んでいます。これは、ほかの学校とは異なる特徴だと思います。

このような仕組みの学校は少ないのですが、なぜかというと職業学科に比べて、教職員の配置数が普通科の方が少ないからです。全国で普通科職業コースを導入している学校は、通常1学年3コース程度ですが、本校では7コースも設置しているので、教職員数が少なく多忙感を抱えているのが実状です。

企業から直接学び、「ホンモノ」の技術や知識を習得できる体制を構築。


市立札幌みなみの杜高等支援学校 取材用写真
―――特別支援学校を立ち上げる際には課題もあったかと思いますが、どのように乗り越えてきたのでしょうか。

全国の先進的といわれる学校を視察し、そこで多くのことを学びました。そして、それらの学校の優れた点をできるだけ取り入れ、学習内容や教育課程を作り上げるようにしました。

―――具体的にどのようなカリキュラムを組んでいるのでしょうか?

特徴的なものとして、「みなみの杜協働育成システム」が挙げられます。本校に赴任する教師はそれぞれ教科等の専門分野の知識を持っていますが、本校の各職業コースに関する専門的な知識はほとんどの人が持っていません。

そこで、生徒たちが各職業コースに関連する企業から直接学び、「ホンモノ」の技術や知識を習得できる体制を整えました。もちろん教師も赴任してから学んでいきますが、この協働育成システムによって生徒たちは「ホンモノから学ぶ」ことができるわけです。

特にこだわっているのが、この「協働」という言葉です。生徒たちが将来企業の戦力となるよう成長し、さらに企業にとってもプラスになるよう、学校と企業が同じ視点で一緒に「協育(協働育成)」を行うことを目指しています。

市立札幌みなみの杜高等支援学校 取材用資料

―――この取り組みを行うことで、生徒や保護者、企業の反応はいかがでしたか?

1年間のまとめの学習として、年度末に生徒たちの成長を披露する実践交流会を開催しました。この交流会には、企業や地域の方々、保護者など、1年間生徒たちがお世話になったみなさまをお招きするんです。

その際、生徒たちはそれぞれ、パワーポイントを使ったプレゼンやポスター発表をしたり、人前で話すのが苦手な生徒は資料を作成して展示したりして、1年間で学んで成長した内容を発表したんですね。

その姿を見た方々は一様に感動していました。教師の言葉といったフィルターを通さず、自分自身の言葉で成長を語ることで、より強い説得力が生まれたのだと思います。また、「先生が教える」という教育形態から「生徒が自ら学び取る」という学びのスタイルへの移行が、確実に実現していることを実感できました。

実は、この学校を立ち上げる前に私はいくつかの研修に参加したんです。そのなかの一つに、北海道の赤平市にある植松電機というロケットの研究開発を行っている会社があるのですが、そこで聞いた「どうせ無理と言ってはいけない」「無理と言われた子供は育たない」という植松社長の話が、心にズドンと響きました。そして、この考えを学校づくりに反映させたいと感じたんです。

昨年、植松社長も実践交流会に参加してくださり、「本当に君たちはすばらしい。障害があるかもしれないけど、もっともっと社会に出て、私のように会社をつくったらいい」という、最大限の褒め言葉をいただきました。

生徒一人一人を深く理解した、個別の教育支援計画がカギ。


市立札幌みなみの杜高等支援学校 取材用写真
―――特別支援教育に関する課題についてお聞かせください。

長年特別支援学校に勤めてきた私が言うのも少しおこがましいかもしれませんが、正直なところ、特別支援学校は不要なのではないかと感じることがあります。

誤解を招くかもしれませんが、私が言いたいのは、特別支援学校が持つ優れた指導や支援のノウハウを普通学校の教師たちも持ち、各学校が特別な配慮が必要な生徒たちを十分にサポートできるよう教師の数を確保できれば、特別支援学校はなくても良いのではないかという意味です。

ただ、現実には法律や制度などさまざまな制約があるので、それを実現するのは非常に難しいと言えるでしょう。

―――特に力を入れている教育方針や、個人指導に関する取り組みについて教えてください。

市立札幌みなみの杜高等支援学校 取材用資料
どの特別支援学校でも、個別の教育支援計画を立ててそれに沿って教育を行っており、これは普通学校とは大きく異なる点です。そのなかで課題となるのは、教師が生徒一人一人についてしっかり把握できているかどうかです。

教師がそれぞれの生徒の課題を正しく捉えていなければ、個別に指導計画を立ててもなんの意味もないですからね。実際、学校や教師によって指導計画にばらつきがあるのが現状です。

そこで、本校ではまず教師が生徒一人一人を深く理解するために、また生徒自身が「自分」を知るために、どの授業でも生徒の「ふりかえり」を大切にしています。

生徒が授業で得た気づきを記録する、ということをひたすら繰り返します。ただ、ほとんどの生徒は自分が気づいたことや感じたことを言葉にするのが苦手なので、最初は「楽しかった」とか「難しかった」といった簡単な答えしか出てこないんですよ。しかし、この「ふりかえり」を続けることで、生徒は次第にちょっと違う視点が増えてきます。

たとえば、1週間とか1ヶ月ごとに気づきを整理し、教師がフィードバックを行うことで、さらに深い気づきが出てくるんですよね。これらのプロセスを積み重ねることで、生徒は自分の気づきを言語化できるようになり、それに基づいた指導計画が立てられるようになります。これが、本校が力を入れている部分です。

生徒が主体的に学び、教師が教えない教育スタイルを目指す。


市立札幌みなみの杜高等支援学校 取材用写真
―――今後、どのような教育モデルを目指していきたいと考えていますか?

今後目指していきたい教育モデルは、教師が教えないスタイルです。もちろん、教師は教材や環境を整えたりしますが、一方的に教えるのではなく、生徒が主体的に学ぶことを支援するスタイルを確立したいと考えています。

生徒が目の前にある資源をどのように活かせるのか考えることも学びになるはずですから。教師は生徒がつまずいたときに適切なサポートを行い、最終的に生徒が自立し、自分の力で人生を歩んでいけるようにすることが目標です。

教師が無理にやらせようとするより、生徒自身が自発的に学び、困ったときにサポートするほうがよほど効果的だと思うのです。生徒たちは柔軟性があるので、環境などが整えば積極的に取り組みますから。

―――自発的に行動させる秘訣はなんでしょうか?

まだ「できている」と言えませんし、発展途上の段階です。ただ、普通教育と特別支援教育で学習内容は違っても、学ぶことの本質は同じだと思うんですね。学び方は多様にあり、一人一人に合った方法があるので、教師は指導方法を柔軟に変える必要があります。教師は、生徒に興味を持たせ、学習意欲を高めるために、言葉遣いのかけ方や指導法を工夫することが不可欠です。そういった意味で先生の力量が問われる部分でもありますが、特別支援学校の教師たちはその点は優れていて、生徒たちとうまくコミュニケーションを取っています。

―――特別支援学校は5年後、10年後にどのように変わっていると思いますか?

10年後には、教育の形は大きく変わっているでしょうね。これはあくまでも想像の話ですが、たとえば物理的なものにとらわれない通信制のような学校が主流になるかもしれません。また一つの学校に限定せず、学びたい分野に応じて複数の学校のプログラムを組み合わせて学習できるようになっているかもしれません。そうなれば、障害があってもなくても、家にいても学校にいても、みんなが同じように学べるようになるのではないでしょうか。

―――今後、新たに挑戦したい取り組みはありますか?

現在、本校では多くの挑戦を行なっていますが、まだ十分だとは思っていません。特別支援学校に興味を持っている人というのは、世の中には非常に少ないのです。しかし、学校内部にいるとその現実に気づきにくいんですね。特にうちの学校のように積極的に外部にアプローチしていると、これで十分だと妥協しがちになります。

しかし、本校の教育をもっと知ってもらえるよう、情報発信を続けることが大切だと思っています。そして、生徒や保護者の方々に「この学校に来てよかった」と言っていただけるよう、ご支援いただいている企業の方々にも「この学校を支援できてよかった」と思ってもらえるよう、今度もさまざまな取り組みを進めていきたいと考えています。

―――支援教育を通じて実現していきたい社会像はありますか?

障害のある人の社会での活躍の場は、10年、20年前と比べるとものすごく増えてきました。福祉に関してはかなり進展していて、サポートや支援体制が充実していますし、福祉事業所も増えているので、生活しやすくなっているのは確かです。

ですが、企業に就労してもその多くが障害者雇用枠での採用なので、ほとんど給料が上がらないんですよ。給料が上がる企業も少しずつ増えてはいますが、昇格の機会はほとんどありません。軽度の知的障害のある人たちは、周りの人と自分の給料や出世の差を感じて仕事のモチベーションも低下しますよね。

こうした現実を踏まえ、生徒たちが10年、20年先にどのような活躍をしていけるのか見据えた教育が必要だと思います。より実践的な支援教育に力を入れ、生徒たちの可能性を最大限引き出せるよう、指導を行なっていくことが大切だと考えています。

やさしさが広がることで、社会全体が豊かになる。


市立札幌みなみの杜高等支援学校 取材用写真
―――社会における支援教育の重要性や役割について、どのような考えをお持ちでしょうか。

人は1人では生きていけません。さまざまな人との関わり合いの中で私たちは成長していっています。私自身、この学校を創る過程で出会った人たちとの交流を通して、多くの学びや気づきを得てきました。

誰かをサポートすることは、単に相手を助けるだけでなく、自分自身の成長にもつながります。特別支援教育には、人に対する感じ方が深まるなど、人間関係を築くうえで大切なノウハウが詰まっているんです。だからこそ特別支援に携わる教師の方々は、人に対する深い理解があり、やさしさを持っています。

この意識が社会全体に広がり、より多くの人がやさしさを持てるようになれば、お互いを尊重し、助け合う社会が実現できるのではないでしょうか。

―――みなみの杜高等支援学校に興味を持っている方々へメッセージをお願いします。

本校の取り組みに少しでもご興味を持っていただけましたら、ぜひ気軽にご連絡ください。校長としての任期もあと少しとなり、限られた時間の中で可能な限り多くの方々と交流し、学ばせていただきたいと思っております。さまざまな方とつながり、情報共有などができれば幸いです。また、おもしろい取り組みしている企業などの情報があれば、ぜひ教えてください。みなさんと直接お会いし、お話しできることを楽しみにしています。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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