2023.12.26

大阪河﨑リハビリテーション大学・水野貴子先生の自助具開発への情熱


株式会社矢野経済研究所の調査結果によると、2023年のアパレル市場と化粧品市場は、前年度と比べ拡大傾向にあるとわかった。消費者の外出機会が増えた影響もあり「オシャレ」への関心が高まっていると考えられる。

一方で、障がいのある人にとってオシャレは、時として諦めの対象となってしまう場合があるようだ。そんな人たちがオシャレを楽しめるように自助具の開発に力を入れている作業療法士が、大阪河﨑リハビリテーション大学に所属している。

患者様が自ら幸せをつかむことができる自助具の研究に取り組まれている講師の水野貴子氏に取材を通してお話を聞いてきた。

水野(中柗) 貴子
インタビュイー
水野(中柗) 貴子氏
大阪河﨑リハビリテーション大学
講師/学生相談員
主な担当科目
高次脳機能作業療法学/高次脳機能評価学/応用作業治療学実習/基礎作業分析学実習/作業療法評価学/身体機能作業療法評価学演習/基礎ゼミ/統合作業療法学/臨床実習指導Ⅲ

専門領域
高次脳機能障害


患者様の声がきっかけとなり自助具の研究に携わる大阪河﨑リハビリテーション大学・水野氏。


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―――本研究に取り組まれるようになったきっかけについて教えてください。

元々臨床の現場で働いていた時に、脳血管障害で片麻痺となり、一方の手足が動きにくくなった患者様のリハビリテーションをする機会が多くありました。

ある日、とある女性の患者様から『以前は髪も長くていろんなヘアスタイルを楽しんできたけど、片麻痺になって両手でセットができなくなってからは、人に迷惑をかけないためにショートカットにした』との話を伺いました。

1人で片手でも髪を束ねる方法を調べたのですが、当時は実用的な方法が見つかりませんでした。そんな現場の経験から、介助がなくても片手でヘアスタイルを楽しめる自助具がないかと考えるようになったのが、研究を始めたきっかけです。

―――現場での患者様の声が研究のきっかけとなったんですね。その後はどのような道へ進まれたのでしょうか?

その後は大学で働くようになり、そこで理工系の先生との接点が生まれます。その先生からは、ロボットなどを作ることはできるが現場にいないからアイデアがないという話を伺いました。

そこから髪を束ねる自助具を作りたい思いがあるとお話をすると、共同で考えていこうという話になったんです。自助具の作成を私が担当し、作成のアドバイスや特許などの申請を先生が担当するという役割分担で研究を進めました。

―――身体が不自由な方をサポートする道具などは、どのようなものなのでしょうか。

自助具には、様々な種類があります。自助具に詳しくない方の中には、義手をイメージする方もいらっしゃるかもしれません。ですが義手は、失われた身体部位や、損なわれた機能を補うための補装具で、自助具とはまたちがうものになります。

自助具とは、身体が不自由な人が日常生活をより便利に、より容易にできるように工夫された『自らを助ける道具』のことです。

特に種類が多いのが、食事の際の動作をサポートする自助具です。

例えば、スプーンやフォークの持ち手を太くして握力が低下していても握りやすくするものや、箸の間にピンセットをつけ、簡単な指の動きで使えるお箸などがあります。

―――ありがとうございます。食事など生活にとって重要な動作に比重がおかれやすいんですね。メイクや見出しを整える「オシャレ」をサポートする道具もあるんですか?

片手用髪留め具

▲自助具を実際に使用している時の映像

「オシャレ」は二の次になっているのが現状です。やはり食事やトイレといった生きる上で必要不可欠なものが優先されてしまいます。

そのためこれまでは「オシャレ」に力をいれることが少なかったのですが、最近ではQOL(Quality OF Life:生活の質)の向上がうたわれるようになり、注目度はあがってきていると感じています。

―――実際に使用された方からはどのような反響がありますか?

実際に自助具を使用された患者様は、とても喜んでいましたね。自分で髪の毛を束ねることを諦めていた患者様が、簡単に髪を束ねられて、オシャレを楽しむことができると喜ばれていました。

患者様から『先生に出会えて良かった』と感謝の言葉も頂きました。さらに『私以外にも必要としている人がいると思うから、もっと普及させてほしい!』と背中を押してもらいました。

―――それは嬉しいですね!これまでのところどれくらいの方に提供されたんですか。

私のほうから提供したのは2人なんですが、教え子に作成方法を教えたり、学会で自助具に関して発表した際に反響をいただきました。

複数の先生から作り方を教えて欲しいと言われ、なかには1度しか会ったことない方からもメールを頂き、提供したあとの感想も頂いています。それでも現状では10人にも満たない人数にしか届けられていないので、これからです。

下調べに要する時間が自助具の研究を妨げる。


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―――これからこの分野での自助具を広めていくにあたり、社会的な課題にはどのようなものがあるのでしょうか。

生み出したアイデアや自助具が、世の中で一番最初に生まれたものなのかどうかを調べるのに時間がかかることが課題の1つです。

学会で発表するにしても、過去に類似の内容が別の人から公開されていないのか調べるのが大変ですね…。

アイデアを世に出すルートが、作業療法士の学会や、福祉機器のコンテスト、地方公共団体のコンテストなど大小さまざまあるため、インターネットで調べただけでは網羅できません。海外にまで調査対象を広げると、それはもう膨大な時間がかかってしまいます。

自分が作ったものに関しても、後から似たようなものが出てくることがあるので、特許などで守っておかないといけないなとも思います。

本来、自助具そのものの研究に時間を割きたいのですが、下調べに時間がかかってしまうのは大きな課題です。

―――それが普及を妨げる原因になっているということですか?

もともとの出発点は、いずれも困っていることがあるからアイデアを出したというモノだと思うんです。ただその表現の場が、学会だったりYouTubeだったり、自分のSNSで書いているだけの場合もあります。

自分で使うために作るだけならいいかもしれませんが、企業と提携して作っていくとなったときにその権利が誰のものなのかというのはきっちりしておかないといけません。

私の場合、大学の理工系の先生からは、誰かに作り方を教えるにしてもビジネスでなく、福祉目的に限定してほしいと伝えるように指導を受けています。

料理のレシピサイトのように自助具のレシピが広がればいい


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―――自助具は将来的にはどのようになっていくとお考えですか?

現状、自助具は通信販売などで気軽に購入できるのですが、スプーン1個が1000円以上するものなど高額で、患者様の自己負担が大きくなってしまいます。

また実際に買ったとしても、その患者様が使えるかどうかや適切に動作をサポートできるかは、購入してみるまで不明な場合があるんです。

そのため、作業療法士などが患者様に合わせた自助具を作成することが多いです。

仮に自助具の販売単価が、200円程で販売されれば、患者様の金銭的な負担は軽減されますが、現状を考えると単価が安くなるのは難しい可能性が高いです。

このような現状から、作り方のサイトはあるのですが、もっと大規模なサイトがあれば利用者様にとってのプラスになると考えています。

学会の発表内容を聞いていると、簡単に創作できる自助具のアイデアも世の中に出ており、利用者様も関係者も自作できることに気がついている方もいると思いますが、すべての自助具に該当しているわけではありません。

そのため、手ごろな価格で材料が買えて、自分たちで簡単にできる自助具の情報を共有できたらいいと考えています。

―――情報共有に関する技術やサービスなどが世の中に広まれば、自助具を自作できる方も増えていく可能性がありますね。

将来的には、自助具が自分で作れるようなサービスやノウハウを教えるソリューションが誕生していけばいいですね。

例えば、料理のレシピサイトのように、材料を選択して、用途別に自助具の作り方を紹介するアプリですね。

料理のレシピサイトのように気軽に利用できるものがあれば、患者様や作業療法士、介護士にも喜ばれると思っています。

経験値の高い人が少ない現場であれば、自助具の知識が乏しく提供ができないためどうしても介助が必要となってしまいます。そういうところでぱっと調べて、自分たちで作れたら自力で食べられる人が増えたりするのではないでしょうか。

―――先生の作業療法に関する考え方もお聞かせください。

「作業療法」と言うくらいなので、現場の実務にフォーカスされる傾向があります。その作業と言うのも、マニュアル的には患者様がこれまでに関わってきた仕事や、趣味の動きを取り入れる場合が多いです。

例えば、指のリハビリテーションをするためにイラストを描くのが好きな患者様には、絵を描いてもらおうというものです。

自分の趣味を通じて楽しみながらリハビリができると考えがちなのですが、一方で、出来上がったイラストを見て、過去の自分の作品と比べて落胆してしまう方もいます。その場合、まずはぬり絵から始めていき、色鉛筆をしっかり持ち、筆圧が高くなってきたら、イラストを描くなど、マニュアルを参考にしながらも、患者様に合わせた内容を考えるようにしています。

また高齢者になると出てくるのが視力の問題です。編み物が好きだった方が目が見えなくてできないという場面も目にしてきました。目が見えにくいのであれば、毛糸や針を太いものに変えて見えやすくしたり、編み方が簡単な作品にしてみたりします。
大切なことは、「失敗させない」ことです。できることを積み重ねて自信をつけてもらいます。

―――患者さんの意欲を引き出すのが重要だということでしょうか?

意欲がないとリハビリは進んでいきません。歩くことを1つ例にとっても、片麻痺や骨折後など、痛いんですよ。

なかにはリハビリ時の痛みを経験することに抵抗があるため、リハビリを拒絶してしまう患者様もいますね。

このような場合は、患者様の好きなものが園芸であれば、リハビリ室で歩くのではなく、意図的に遠くの場所のプランターの植物に水を与えるという方法に切り替えます。

そうすると患者様は、自分の好きな園芸に触れることができるので、リハビリに参加してくれてプランターまで歩いてくれるんですよね。このように患者様のやる気を引き出すこともリハビリにおいては重要です。

―――私自身が入院してリハビリをした経験があるので、気持ちがわかります…。

障がいを負った患者様は、まず最初に状況を受け入れることから始まります。

昨日まで自分で行えたことが、できなくなってしまった自分を受け入れられず、怒りや悲しみ、後悔など色々な感情を抱くことになります… また患者様も状況を少しずつ受け入れて、気持ちの整理がついてくる時期が来ます。

そのため、作業療法士の方は患者様へ声をかけるタイミングや言葉選び、接し方など人の気持ちに触れる繊細な部分を対応する必要があるんです。

患者様の中には、リハビリを頑張りすぎて痛みが再発する人もいますし、それぞれの心の状態に寄り添うという点では作業療法士には、カウンセラー的な側面もあるといえますね。

アートの側面と自助具を組み合わせることで可能性が生まれる。


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―――芸術領域もお好きだと伺ったのですが、自助具の研究に役立つ部分はあったのでしょうか。

元々、ものづくりが好きだったこともあり、こんな形のものが欲しいと思うとその作り方がわかるんですね。そういった造形や芸術の知識は自助具を研究するうえで、非常に役に立っています。

―――自助具とアート性やデザイン性は少しかけ離れているイメージがあるのですが、アートの側面と自助具を組み合わせることで利用者の可能性も広がる気がしました。

その通りだと思います。最近だと車いすや杖でもデザイン性に優れたものも販売されています。昔はデザイン性はなくて、無機質で地味な商品しかありませんでした。

杖などは普及してきていますが、ベッドの柵だったら、持ち手だけ色を変えられるカバーだったり、配色のバリエーションなどがあれば利用する方の心持ちも少し変わってくると思います。

昔は落ち着きを大事にしていたと思うのですが、今は個性が重視される時代なので、自分の好きなデザインが選べるような自助具やデザイン性が注目されていくと考えています。

患者様に寄り添った療法と自助具を伝えていく



―――作業療法士の現場をこれから目指す方には、どんなことを伝えたいですか。

作業療法士は、色々な患者様の生活をイメージし治療中だけではなくて、退院後の生活も視野にいれたサポートをする仕事です。

例えば、友人とカラオケで歌うのを楽しみにしている患者様だと、いつも行くカラオケ店までどのように移動していたのか、自転車で行っていたのなら、他の手段としてバス利用ができるのか、階段は昇る必要があるのかなどを情報収集します。

作業療法士自身が、治療に関する知識や技術だけでなく、さまざまな体験・経験を積んでいることで、療法やリハビリのアイデアの引き出しが増やせることにも繋がります。その結果、患者様により最適なリハビリ提案ができるようになる可能性があるのです。

実際に自分が体験したものと、知識として知っているだけでは、雲泥の差だと思います。そのため、多くの人生経験を積んで欲しいなと思います。

―――もし家族や友人など身近な人をケアする場合には、どのようなことに気を付けたらいいでしょうか。

患者様ご本人がどう考えているのかを引き出すのが重要です。

例えば、格闘技をしていた人が障害によって競技をできなくなった場合には、なぜ格闘技という競技を行っていたのか理由を引き出していけば別の接し方やケアの方法が見つかることがあります。

褒められるのが好きだったのか、身体を動かすのが好きだったのかなどですね。

できることを見失って、役割が無くなったと感じるとネガティブになってしまうので、できることを引き出したり、役割を担ってもらったりして、存在している意味を体感してもらうのが重要だと考えます。

―――ありがとうございます。最後の質問ですが、これから挑戦したいこと、達成したいことはありますか?

第1には、片手でも髪を伸ばしてオシャレを楽しむことができる人を増やすことと、まだまだ形になっていない自助具もあるので現実化していきたいですね。

前述した自助具作成の情報サイトのようなものにも関わりたいし、自助具を作成したり修理できる自助具工房にも関わっていきたいです。

自分の開発した自助具を起点に、より多くの患者様の役に立てるような自助具を考えていきたいですね――― その結果、患者様はもちろん、患者様の家族やケアをする人たちにとってのポジティブな効果も出ると思うんです。

患者様、患者様の家族や大切な人たち、そして自助具を自分で簡単に制作できる社会の実現に向けて、日々精進していきたいと思います。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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