地域の未来を創る:私からはじまる協働のまちづくり
小地域で抱える課題が深刻化している。
高齢者の社会的孤立や、子と親の貧困など、「生」に関わる問題が浮き彫りになる中、それらをサポートする地域の担い手も減少。10年後には高齢者が高齢者を支える社会が到来すると予想され、待ったなしの状況だ。
花園大学 社会福祉学部の深川光耀准教授は、その課題解決に新しい視点でアプローチする。「私」個人の想いや問題意識を起点とした動きから地域課題解決を目指すというもの。インタビューで、地域課題の解決の糸口について語ってもらった。
花園大学・深川氏が語る、真野地区で学んだ「地域」という居場所
▲絆の大切さを再確認する「希望の灯」(毎年1月17日に開催)
―――先生の研究領域について教えてください。
私の専門は「住民主体のまちづくり」や「対話の場づくり」です。近年は、「小地域における地域課題解決のあり方とその担い手」をテーマにしています。ゼミ活動では、学生とともに、「子ども食堂」の運営に関わったり、地域の方々とともに「モバイル屋台プロジェクト」に取り組んだりしています。
▲モバイル屋台プロジェクトの様子
―――研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
大学時代に阪神・淡路大震災で被害を受けた神戸市の長田区真野地区のまちづくりに関わったことがきかっけです。4年半にわたるフィールドワークを通じて、「地域」がもう1つの居場所であることを学びました。
真野地区は「地域の人は地域で守り、地域の問題は地域で解決する」を合言葉に、住民主体のまちづくりを継続している地域です。
1965年の公害追放運動からまちづくり活動が始まり、以降も自治会等を基盤とする地域住民組織が中心となって課題解決を図ってきました。先駆的な真野のまちづくりから受けた刺激もさることながら、私はもう1つの大きな気づきを得ます。真野には、「家庭や職場だけではなく、地域にも居場所がある」と。
真野では、地域行事やまちづくりの会議の後、ビールを飲みながらまちづくり談議を交わします。地域の皆さんが親友のように語らい、濃密な信頼関係を築いていく様子を見て、私はこれこそがまちづくりを行う上で重要なことだと感じました。
「地域が居場所となる社会をつくっていくために、真野のような地域を全国に増やしたい」と考え、「住民主体のまちづくり」を専門に研究しています。
▲子ども食堂での誕生会のイメージ(社会福祉学科の動画より。製作協力(株)おいかぜ)
生命・生活といった「生」に関わる問題の深刻化
―――現在、小地域が直面している主な課題は何ですか?
地域課題が顕在化しする一方で、主な担い手である地縁型組織の担い手問題も深刻化しています。これから地域(地域課題)を誰がどのようにして担っていくかが、差し迫った課題となっています。
2010年代ぐらいからでしょうか。例えば、高齢者の社会的孤立や子と親の貧困問題、災害時の避難体制の未確立といった課題が表面化してきました。これまでよりもさらに「生命」や「生活」といった「生」に関わる問題が深刻化しています。
―――実際の「生」に関わるところにまで課題が及んできているということですか?
家族やコミュニティとの交流がほとんどない、社会的孤立状態に陥っている人は増加傾向にあります。それに伴い、高齢者の孤立死も増加しています。また、子と親の貧困問題も深刻で、日本の相対的貧困率は2012年に約16%でした。
相対的貧困率は、2021年あたりからやや低下していますが、物価高の影響もあり、経済的に困窮している世帯はまだ多く見受けられます。ある子ども食堂の運営者から、学校での給食と子ども食堂での食事が命綱になっている子もいると聞いています。
―――高齢化は、地域にどのような影響を与えているのでしょうか?
団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となるのは2025年頃。「2025年問題」と言われています。後期高齢者の人口が一気に膨れ上がることに伴い、地域でどのようにして高齢者を支えていくかが問題になっています。福祉だけではなく、医療や介護サービスの構築も求められます。
しかし、それを支える人たちも高齢化していきます。現在、民生委員や校区社会福祉協議会の方々が中心となって、日常の見守りや高齢者サロンの運営などを担っていますが、これからは、支えている人たちの高齢化と減少の課題に直面するでしょう。
近い将来、80〜90代の高齢者を70〜80代の比較的元気な人たちが支える、という構図になるとも言われています。
―――一方で、子育て世代にとっての課題は何でしょうか?
近年の子とその親の生活環境の変化によって、家庭だけでの子育てに限界が来ていると感じます。具体的には3つの変化があります。1つ目は、共働き世帯の増加です。1990年代後半頃から専業主婦世帯よりも、共働き世帯の割合が高くなっています。家庭によって異なるので一概には言えませんが、全体としては家庭で子どもと過ごす時間は減る傾向にあります。
2つ目は、世帯を構成する人数の減少です。おじいちゃん、おばあちゃんと暮らす三世代世帯は減少していて、核家族世帯やひとり親世帯が増えています。子どもの発熱など、何かあった時におじいちゃん、おばあちゃんの手を借りることが難しい状況です。
例えば、そのような時は病児保育を利用してはどうかと言われます。しかし、風邪やインフルエンザが流行している時期ですと、すでに予約が埋まっていて利用できなかったり、そもそも病児保育の施設が住まいから遠い場所にしかなかったりとなかなかで。結局、夫婦のどちらかが仕事を休んで子どもと過ごす、というケースは往々にしてあります。
3つ目は、子とその親の貧困といった経済的要因です。子どもの6人に1人が相対的貧困の状態にあると言われています。さらにひとり親世帯に限るその割合は、約54%にのぼります。経済的困難に加えて、様々な経験や学びの機会、人との出会いやつながりの機会も得にくくなります。
世帯人員の縮小や共働き世帯の増加といった環境変化の中で、親(家庭)だけで子育てを担うのではなく、地縁型組織を中心とした多様な主体がサポートする社会が求められています。「地域ぐるみの子育て」、あるいは「子育ての社会化」といったことです。
子ども食堂のような地域での居場所づくりや、商業施設内での託児サービスの実施といったことも、「地域ぐるみの子育て」にあたると考えます。
▲先生が取り組むプロジェクト(商業施設とNPO、地域住民の協働による実施)
「私」個人の想いから取り組みが生まれる
―――こういった地域課題を解決するために、具体的にどうすればよいのでしょうか?
現在、町内会・自治会等の組織は全国に約28万あります。担い手問題を内包しているものの、全国に面的に存在する町内会・自治会等は重要な社会資源です。既存の地縁型組織の活動や組織のあり方をアップデートしながら課題解決を図ることが必要です。加えて、子育て世代や若者が、地域活動に関わり得る状況をつくることも欠かせません。
―――子育て世代や若者に参加を促すのは難しそうです。先生はどのような取り組みが必要だと考えますか?
彼らは、地域活動やまちづくりに関心が薄いわけでも、評価していないわけでもありません。大事だと思っているけれど、仕事や子育てで忙しい中、なかなか関われないというのが実際です。
▲社会貢献への意欲は高まっている。東日本大震災時の2011年がピーク
また内閣府の調査によると、個人の社会貢献意欲は近年高まりをみせており、「日頃、何か社会のために役立ちたい」と考える人の割合が60%をこえている、という結果が出ています。さらに、社会福祉や地域活動の領域での貢献を求めていることもわかっています。
つまり、個人レベルでは地域社会への当事者意識や社会貢献への意欲を高めている人は少なくないと言えます。
実際に現場でも、「我が子(地域の子ども)のため」を動機とした子育て世代の関わりや、「社会貢献を通じた自己実現」のために、子ども食堂等に関わる若者が見られます。これまで地域活動を支えてきた「地域のため」という動機からではなく、「個人の関心や問題意識あるいは自己実現を動機として地域における活動に関わる個々人」の存在を確認することができます。
ただ、個人の社会貢献意欲は高まっているけれど、その個人の意欲から動きが生まれ、さらにそれが組織立った活動につながることは難しい。では、そういった個人の想いを惹起させ、組織立った活動にしていくにはどうすればいいのか?と考えたとき、その拠り所となる概念として「私発協働」に辿り着きました。
―――「私発協働」とは? その概念について詳しく教えてください。
もともと「私発協働」は、「まち育て」の研究と実践をされた延藤安弘先生が2001年に提唱したものです。「『私』個人から始まり、周りの人々を緩やかに引きつけ、共に力を発揮しあうことによって『公共の幸福』へと導くプロセス」を指します。
私は、この「私発協働」が先に述べた地域課題解決の担い手問題を乗り越える糸口になると考えました。「私」個人の想いをきっかけとした動きが、地域住民組織等との協働を経ながら、地域課題解決の態勢構築につながっていくようなあり方です。そのため、研究では「私発協働」の概念をもとに、「私」の想いが地域活動へと変容していくメカニズムとその要件を明らかにすることを目指しています。
例えば、子ども食堂など居場所づくりの取り組みを見ていくと、多くの事例のはじまりには、「私」個人(運営者)の想いや問題意識があります。出発点は「私」なのですが、「私」個人の動きが共感を得ながら、「私たち」の動きになり、さらに、地縁型組織と協働を経ながら、結果として地域課題解決の取り組みにつながっています。そのような様をみて、そこに地域課題解決やその担い手を考えるうえでのヒントがあると思って、このテーマにしています。
事例を挙げると、京都市ある学区で運営している子ども食堂もその1つです。この学区は、他の学区と比較して、ひとり親家庭や多子世帯の割合が高い地域です。学童が終わった平日18時から20時まで間の居場所のニーズがありました。しかし、地縁型組織は高齢化により担い手問題を抱えており、「放課後まなび教室」など、既存の取り組みで手一杯でした。
そこで2017年、地縁型組織と地域外の市民活動団体、そして児童館等が協働して、子ども食堂を始めました。家族関係や居場所づくりに強い問題意識を持っていた、児童館スタッフの方が、子どもたちの「さびしい、しんどい」といった声をきいたことがきっかけです。「この子どもたちは待ってはくれない!」と地縁型組織のリーダーに相談し、地域との協働による子ども食堂を創出しました。「私」個人から一足飛びに地縁型組織との協働に至ったわけではありません。そこに至るには紆余曲折がありましたが、相互行為を通じて信頼関係を築きながら成し得ました。
この子ども食堂では食事の提供のほか、カードゲームなど遊びの時間を設けており、子どもの自主性を尊重し、「楽しい」を広げるための居場所づくりを目指しています。
実働を担う市民活動団体は、20~30代の若い世代から成っています。
彼らは、「私」個人の想いを持ってこの団体に参加しており、「地域なしに課題は解決しない。あくまでも地域活動の一環として取り組む」という考えのもと、活動を続けています。
子育て世代の「これやりたい」を地縁型組織がサポートする
―――「私発協働」を実践する上での課題はありますか?
先ほどのお話した子ども食堂のような「私発協働」の事例を他の地域で再現することは困難です。でも、想いや問題意識を持つ「私」個人の動きの生起を促すことは可能ではないか、生起しやすい状況をデザインし、確率を高めていくことは可能ではないかと考えています。
子育て世代を対象とした話になりますが、1つ目は、既存の地縁型組織が子育て世代が参加しやすい状況をつくっていくことが大切です。子育て世代は、仕事と子育てで多忙です。想いを持つ「私」がいたとしても、自ら動き出すこと、あるいは地域活動に参加することにはハードルがあります。
そういった子育て世代の地域参加を促すためにも、地縁型組織としても子育て世代の関わりやすい取り組みのあり方を見出していく必要があります。これが1つ目の課題です。 2017年に実施した真野での調査では、子育て世代の地域活動への参加を促す要件として以下のこと明らかになっています。例えば、「自身の子どもに関する活動であること」や、「短期集中で完結型の活動」などです。「短期集中で完結型の活動」というのは、「取り組みの終わり=関わりの終わり」といったように終わりが明確であるものです。例えば、実行委員会方式は親和性が高く、取り組みが終われば会も解散となります。一方で地縁型組織に所属するかたちの参加になると、取り組みが終わった後も役が続き、役から離れることできなくなる不安が残ります。
2つ目の課題は、「私」の想いを持った人たちが自分の問題関心だけに留まりやすいこと。「私」発の動きを生起させるための仕組み、つまり、社会のデザインが必要だと思っています。
まず、地域レベルでは、「私」個人の想いを地縁型組織がバックアップしていくようなあり方が考えられます。
例えば、滋賀県草津市では、学区まちづくり協議会レベルで「私」発の動きの生起を促すような取り組みが行われています。老上学区では、まちづくり協議会が想いを持つ個人を応援する仕組みとして学区レベルでまちづくり助成金制度をつくったのです。地域で子どもの居場所づくりに取り組む子育て世代の方が、助成金を活用してハロウィンイベントを企画しました。当初は、30名ぐらい集まればと思われていたそうですが、蓋を開けてみると350名もの参加が。まちづくり協議会の役員の方々も、積極的に仮装を楽しみつつ、当日の受付や交差点での見守りを担うことで、取り組みを支えました。
▲「私」発の動きを応援するまちづくり助成制度
▲「私」発の動きを支える地域リーダー
つまり、「何かやろう」と想う人たちの取り組みを地域としてバックアップする仕組みづくりが大切ということです。他にも志津学区では、「志津を楽しくする100のプロジェクト」と題して、若い世代の「やりたい」をかたちにするワークショップが開催されました。
その中で、星空バーベキューや志津めぐり(観光)など、子育て世代ならではの魅力的なアイデアが生まれました。これまでであれば、地縁型組織が主催する取り組みに住民が参加するかたちが主であったかもしれませんが、これからは、「私」個人の動きを地縁型組織がバックアップしながら、協働の取り組みを生み出していくことも大切になります。
地域だけではなく、「私」発の動き促す取り組みは自治体レベルでも必要なことです。例えば、京都市中京区では「中京マチビトCafé」という対話を通じた市民活動等の創出の場が2011年から十数年続けられています。「まちづくりをしたい」「まちづくりに関心がある」人たちが集まって交流する場です。参加者が実現したいアイデア(取り組みの芽)を持ち寄るところが特徴です。「この指止まれ方式」で小グループをつくり、話し合いを通じて取り組みの実現を図るものです。これまでに多くの取り組みがここから生まれました。参加者は、述べで約3,000人です。
かたちとなったものの一例として、「中京朝蜂カフェ」があります。「若い人たちが気軽につながれる場をつくりたい!」というテーマで話し合いが行われた結果、都市養蜂が行われている中京区役所の屋上庭園で、毎週木曜日の朝7時から8時まで各自で朝ご飯を持ち寄って気軽に交流する場が生まれました。出勤前の時間ですので、そこから職場に向かう人も。「行ってらっしゃい!」と送り出す、その関係性がこの場のあたたかさを表しています。
▲「中京朝蜂カフェ」の様子
「こんなことをやりたい」「これに問題がある」といった想いを持つ子育て世代や若者の動きを生起させるような仕組みを地域や自治体でデザインしていくことが必要です。「私」発の動きを地縁型組織がサポートし、一緒に取り組んでいくこと。あるいは、行政もそういう人たちを仕組みで後押しすることが、ひいては、豊かな社会の実現につながります。
―――ありがとうございます。「私発協働」におけるまちづくりで、先生が理想としていることは何ですか?
個人の想いや問題意識を起点とした動きが、地域の中で次々と泡立つように生まれてくるかたちが理想です。そのためには、「私」個人の想いを受け止める地域コミュニティを創造することが求められます。そういう状況をつくることで、担い手の参加の道筋も見えてくるのではないでしょうか。
ただ、課題となるのは、「私」の想いから動き出した人がやりたいことと、地域(地縁型組織)がやるべきことが、必ずしも一致していないことです。その部分をどうつないでいくかを考えることが必要となります。
地域や公共のことを考える「眼」は最初から備わっているわけではありません。それらの人々が自身の活動に取り組む中で、自ずと地域や公共に対しても、眼差しが向いていくと思います。
個人の主体的な関わりで、地域は変えていくことができる
―――地域課題解決のために読者に伝えたいメッセージを教えてください。
「私」個人が関わることで、公共や地域は変えていけることを感じてほしいですね。例えば自分の部屋の模様替えは自分自身で、リビングの家具のレイアウトを変えたいなら、家族と協力してできます。
その一方で、町内のゴミ出しの問題を解決したいとなると、「私」の領域から少し外にあると感じてしまい「自分では変えられる範囲じゃない」と諦めてしまいます。さらに、課題を扱う範囲が町内会、小学校区と大きくなればなるほど、難しいと感じてしまうのです。
地域も変えられない領域ではなく、「私」の主体的な関わりと周囲の人々との協力によって豊かにしていくことが可能です。このことに私たち一人ひとりが気づくことが大事だと考えます。
もう1つは「関係性」を大切にしてほしい。地域課題が複雑化・複合化していくと、その解決の担い手に専門性が求められるようになります。
しかし、専門性だけでなく「関係性」も大切な要素です。例えば、子ども食堂に参加する子やその親は、そこに居場所づくりの専門家がいるから続けて来ているのではありません。
「子ども食堂に行けば、あの人に会えるから」、「横に座って一緒にご飯を食べたい」といった想いで子どもたちは来ている。専門性が高いからみんなが集うのではなくて、「関係性」があって初めて取り組みに参加したい気持ちが芽生える。人(関係性)に集うことを忘れてはいけないと思います。
―――最後に今後の展望についてお聞かせください。
今後、個人化がますます進んでいく中で、「どこまで地域(地域コミュニティ)にこだわっていくか」、「地域の役割はどう変化していくのか」について考えていきたいと思います。
「私発協働」をテーマとした研究では、「私発協働」を実装していくためには、どういう要件が必要なのかということを、追究します。私の地元は佐賀市なのですが、京都や滋賀に加えて、地元のまちづくりにも関わっていきたいという想いがあります。
昨年は、佐賀市主催の地域づくり交流会で「私発協働」についてお話するご縁をいただきました。現在は、佐賀市の校区まちづくり協議会の調査研究を進めています。それらの調査から得た知見を地元・佐賀に還元していきたいです。
はい
87%
いいえ
13%
はい
87%
いいえ
13%