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為替・コモディティの専門家から聞く、分散投資の必要性|岡山大学 経済学部 酒本隆太准教授
近年、NISAやロボアドバイザーなどを活用して投資を始める方が増えています。コロナ渦やウクライナ侵攻を相まって、将来の資産形成をより重要視している方もいらっしゃるでしょう。しかし、投資の方法は人によってさまざまです。株式だけ投資する人もいれば、複数の資産に分散投資する人もいます。自分はどのような投資をしたらいいか、迷っている方もいらっしゃるでしょう。そこで、マネップでは岡山大学経済学で主に国際金融を研究されている、 酒本 隆太(さけもと りゅうた)准教授にインタビューを実施。先生の研究テーマに触れつつ、投資に対する考え方をお聞きします。自分に合った投資方法を見つけたい方、専門家の人から投資の知識を学びたい方は、ぜひ当インタビュー記事をご参照ください。世の中の変化に合わせながら投資を続けられるヒントが得られるでしょう。取材日:2023年10月6日 分散投資先の為替・コモディティとは?株式と為替・コモディティの違い先生は、為替・コモディティに関する研究をおこなっています。まず、株式と為替・コモディティの違いを教えてください。株式は10年20年という長期的目線で見ると、経済成長と共に価格が上がり、配当も増える特徴があります。もちろん、企業によって倒産したりより大きく成長したりしますが、株式市場全体で見ると基本的に右肩上がりと捉えて構いません。一方、為替は2国間の物やサービスの交換レートなので、お互いの経済・政治状況によって上がったり下がったりします。経済成長とともに価格が上がりませんし、配当もありません。原油・ 金などのコモディティも同様の性質を持ちます。このように、為替・コモディティは株式とは異なる値動きをします。そのため、実際に為替・コモディティ投資する際は、その特徴を踏まえた取引をする必要があります。株式と為替・コモディティでは、投資の基本的な取引の考え方が違うんですね。では、為替・コモディティは、一般的にどのような取引をするのでしょうか?為替の代表的な取引方法は2つ挙げられます。1つ目は、低金利の国の通貨を売って高金利の国の通貨に投資し、その金利差で利益を狙う「キャリートレード」です。2000年代はパフォーマンスが良くて人気でしたが、2008年のリーマンショックでパフォーマンスが大きく悪化したことがあります。 【世界株式とキャリートレードの値動き比較】 ※Sakemoto (2018)とByrne, Ibrahim, Sakemoto (2018)より作成 キャリートレードは株式投資と同様に世界経済が好調な時に、収益を上げやすい取引方法です。ファイナンス理論的にはキャリートレードの高収益は、株式との分散効果が働かない高リスクな投資手法なので、その高リスクを反映して収益率が高いと考えることができます。2つ目は、購買力平価を活用した取引方法です。ある国の物価が高くなると今までと同じ金額で買える物の量が減るため、長期的には他国の通貨に対して通貨価値が下落する傾向にあります。この特徴を踏まえて、2国間の物価上昇率から考えた為替レートの理論価値と、実際に取引されている為替レートを比較して、割安になっている通貨を買うことで収益を狙います。別名「バリュー取引」とも言われていて、株式と違う値動きをすることから、2008年のリーマンショック時には良いパフォーマンスが出ていました。そのため、分散投資の1つとして活用されることがあります。コモディティだと、一般的に分散投資先の1つとして取引されます。特に金・銀・プラチナといった貴金属は、株式市場が大きく下落する時に価格が上がる傾向にあるため、貴金属をポートフォリオに入れておくと、ポートフォリオの値動きをある程度滑らかにできるでしょう。したがって、株式とは異なる動きをすることで、分散効果を狙いたい場合は、為替のバリュー取引や原油・ 金などへの投資が有効と考えられます。その中でも、為替のバリュー投資は分散効果だけではなく長期的な収益も狙いたい場合、金への投資は収益よりも株価の大幅な下落に対する分散効果を得たい場合と、目的に合わせて使い分けることが可能です。為替・コモディティの値動き、どう捉えるべき?為替はニュースで日々報道されますが、投資においては難しい存在だと感じます。特に米ドルベースで投資する時は、為替ヘッジも考えないといけません。まず、国際投資する時の為替ヘッジについてです。為替変動は短期的に外国株式のパフォーマンスに影響しますが、過去の100年以上のドルベースのデータを見てみると、自国通貨安になったり自国通貨高になったりする期間が交互にやっていきます。 【円/米ドルの為替変動】 出典:Googleファイナンス「アメリカ合衆国ドル から 円」2023年10月12日確認 つまり、世界経済の成長に合わせて値上がりする株式の場合、長期的には為替の影響はそこまで大きくありません。個人的には、長期的な株式投資においては為替ヘッジは不要かなと思います。次に、日本株式市場に限定します。日経225やTOPIXといったインデックスは、輸出関連の企業の時価総額が大きく、インデックスに与える影響が大きくなっています。みなさんご存知のように、円安になると輸出が有利で、逆に円高だと輸入が有利です。そのため、程度の話はあれど円安の方が円高よりも、輸出関連の企業の業績が上がり、日本のインデックスにはプラスの影響を与えます。そして、インデックスが伸びると言われています。日々の為替の値動きに対しては、どのように捉えたらいいでしょうか?物価の上昇率が高くて金利を上げた国の通貨は短期的に価格が上昇しますが、中長期的には下落しやすい傾向にあります。ここが、世の中の人が混乱しやすい為替の特徴かなと思います。また、個人的にややこしくなっている原因として、ニュース・新聞では短期的な値動きだけを報道して、国際経済学の教科書では中長期的な部分しか解説しないことが挙げられます。為替を全体的に把握できる機会が、そもそも少ないんですよ。なるほど。短期・中長期どちらの視点から見るかで、為替の捉え方が変わると言うことですね。では、債券やコモディティの値動きはどう捉えたらいいでしょうか?債券や金といった値動きが比較的緩やかな資産では、為替の影響が大きくなります。特に世界債券に投資する場合、金利の値動きを把握できても為替の予測をはずせば、パフォーマンスを大きく落とすかもしれません。なので、債券や金に投資したい場合は、為替ヘッジを おこなうか真剣に検討したほうがいいでしょう。個人的には、重要なパラメーターが2つ以上あると予測が難しくなるので、基本的に為替ヘッジをすることをおすすめします。また、金利と金の値動きは綺麗な逆相関の関係になることが多いので、金の価格を把握すると、金利の値動きがよりわかりやすいでしょう。 【米国債10年と金現物の値動き比較】 出典:SBI証券「米国債10年」2023年10月12日確認 ちなみに、日本はエネルギーを輸入に頼っているので、原油を中心としたエネルギー価格の変動は日本の景気に大きな影響を与えます。エネルギーは世界経済の必需品なので、経済の見通しを知りたいなら、エネルギー価格を把握するのがおすすめです。自分に合った投資戦略を作る方法投資のリスクとは、何かを犠牲にしてパフォーマンスを狙うこと自分がどの投資戦略を取ったらいいか判断するには、どうすればいいでしょうか?ご存知のように、投資することは資産関係なく何かしらのリスクを取り、その見返りとしてリターンを得ます。リスクとは、パフォーマンスを狙うために、何かを犠牲にしていることです。なので、気になる投資戦略を見つけたら裏側にある考え方、何を犠牲にしているか考えてみてください。先ほど申し上げたキャリートレードで例えると、株式と同じような値動きをするので分散効果を犠牲にしています。資産価値が減ってほしくない時にパフォーマンスが下がる可能性がある投資手法は、通常時は高いリターンが得られる傾向にあります。「リスクは値動きの幅」と聞いたことがありますが、値動きの仕方まで考えるとわかりやすいですね!では、そもそも投資のリターンは、何が原因で起こるのでしょうか?全て説明できる訳ではないですが、大きく3つ挙げられます。1つ目は、何かを犠牲にしている、何かのリスクを取っている見返りにリターンが生じます。上で説明した以外の例では、買いたい時に買えなくて売りたい時に売れない、流動性のリスクが代表的です。具体例として、不動産が挙げられます。注文と実際に取引するタイミングにズレがあるので、その分平均的なリターンが高くなる傾向にあります。2つ目は、なんらかの心理的バイアスが含まれている場合です。人間なので、どうしても感情的に判断してしまいます。感情に任せて取引する人もいるので、想定していた値動きにならない可能性があり、それがリターンにつながる場合があります。3つ目は、制度的な要因でリターンが生じる場合があります。例えば、銀行は四半期末にバランスシートのリスクを増やせないので、通常であれば 収益機会が残されたままの場合があります。そこに参入できれば、リターンを生み出すことができます。株式の例を参考に気になる金融商品を見つけたら、なぜリターンが生まれているかぜひ確認してください。そもそも分散投資って必要?個人の資産形成において、株式を主体とした分散投資が人気を集めています。株式以外に、なぜ債券や金などに投資した方が良いのでしょうか?資産の分散投資は、ポートフォリオの短期的な値動きの変動を抑えることが目的です。例えば年金基金だと、長期的に資産を増やしつつも毎年残高が引き出されるため、資産額を大きく変動させないことが求められます。そのため、債券や金などに投資して、ポートフォリオの値動きを抑えています。ただ、私たちのように投資の結果を20年30年後に求めている場合は、株式以外に分散投資すべきか一度立ち止まって考えるべきかなと思います。なぜなら、先ほど申し上げたように世界全体の株式市場は、長期的に見れば経済成長に合わせて株価は上昇し続けるからです。時間をかけるなら、株式だけに投資する選択肢も考えられると。では、どのような場合だと分散投資をした方がいいのでしょうか?もし分散投資したいなら、世界株式あるいは米国のインデックスへ投資して世界経済の成長と共に資産を増やしつつ、ポートフォリオの短期的な値動きをどうするか考えてみるといいでしょう。 【世界株式(MSCI オール・カントリー・ワールド・インデックス)の価格推移】 参照:三菱銀行「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)基準価格」2023年10月12日確認 例えば、シンプルに当面の生活費や医療費などを現金で貯蓄しながら、世界株式のインデックスに投資するだけでも十分な分散効果が得られます。まずは、つみたてNISA(2024年から新NISAに変更)やiDeCoで世界経済や米国のインデックスにを積立投資をしていただき、慣れてきたら他の資産に投資するか検討してみてください。分散投資は、あくまで世界株式に投資して世界経済の恩恵を受けることが前提なんですね。日本に住んでいるとあまり実感しにくいですが、1990年代のバブル崩壊の影響が強く、株式市場が成長するイメージが湧かないかもしれません。株価を見る時は、以下のように世界株インデックスや米国株インデックスを参考にすると、株式市場が成長していることをイメージできるでしょう。 【世界株式(MSCI オール・カントリー・ワールド・インデックス)とS&P500の値動き比較】 引用:Yahoo!ファイナンス「インベスコ MSCIコクサイ・インデックス基準価格」2023年10月12日確認 分散投資で起こりうるリスクを考えてみるもし分散投資で資産形成を始める場合、どのようなリスクを考える必要がありますか?世界株式のインデックス投資では、資産がゼロになることは考えにくいです。株価が上がり続けることがないように、下がり続けることもありません。ただ、ある程度投資に慣れていないと、日々の値動きの乖離に戸惑うと思います。ファイナンス理論的には下落している局面こそ期待リターンが高くなり、買うタイミングになることが多いのですが、個人で判断するのは難しいかもしれません。自分自身の投資で日々の値動きに耐えられないなら、ルールに基づいて運用してくれる積み立て投資・ロボアドバイザー・AI投資を考慮してもよいかもしれません。ちなみに、個別株で分散投資をしたい場合、何に注意したらいいですか?個別株だと、人によって投資する銘柄が変わりますよね。投資の仕方によっては、似たような企業にばかり投資してしまうでしょう。企業によって成長するタイミングは異なるため、長期的に考えると成長率が高い状態は永続しません。したがって、個別株ではどこかのタイミングで、投資する企業を入れ替える必要があります。このように、世界株と個別株では、同じ株式投資でも考え方が変わってくることを理解しておきましょう。投資する銘柄の数によって、ポートフォリオの値動きの仕方が変わることを理解しておくといいんですね。情報を客観的に捉えるために大切なこと先生のお話を聞いていて恐縮ですが、経済・金融に関する情報にはいろんな意見があります。情報を鵜呑みにせず情報を集めるには、どうすればいいでしょうか?意見を言っている人の経歴・実績を確認することに加えて、どの立場から言っているか意識することですね。その上で、企業・金融機関・研究者など、立ち位置の違う人の意見を取り入れることが大切です。また、短期的な見通しで意見を言う人もいれば、長期的な目線で話す人もいます。それこそ、為替の値動きは人によって、捉え方が大きく変わります。同じ円安でも、輸出企業と輸入企業で意見は反対になります。立ち位置が違う人の意見を取り入れると、判断が難しくなると思います。ただ、特定の立ち位置の人の意見だけ取り入れると考えが傾いてしまい、本来自分が取りたい判断が下せないかもしれません。極端にいうと、長期運用したいのにデイトレーダーの意見ばかり取り入れるのは、ちょっと違いますね。中立的な意見を言うことを意識していても、どうしてもその人の置かれている場所や経験が大きく影響します。実際、若い時に経験した内容によって、運用に対する考え方が変わることが、研究でも明らかになっています。私はイギリスに留学した経験があるんですが、当時はまだグローバル金融危機、ユーロ圏の債務危機、東日本大震災などの影響が残る時期でした。当然、長期的な経済の見通しにネガティブな印象を持っていましたが、景気が良い新興国から来た留学生はポジティブな見通しを持っていたんですよ。出身国の違いでここまで意見が違うのかと、ギャップを感じたことも今でも覚えています。先生のお話も鵜呑みにせず立場が違う人の意見も取り入れて、自分自身で判断できるようにしたいですね。今回はインタビューを引き受けていただき、ありがとうございました! 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CEOの研究から分かった、成長する企業・不正が起こる企業の違い|一橋大学 経営管理研究科 鈴木 健嗣教授
企業が成長するうえでCEO(Chief Executive Officer/最高経営責任者)の存在が大きいことは、なんとなく理解できるでしょう。ただ、企業を成長させるCEOとそうではないCEOの違いは、どこにあるのでしょうか?今回、一橋大学 経営管理研究科でCEOに関する研究をされている、鈴木 健嗣(すずき かつし )教授に「企業の成長とCEOの関係」についてお聞きしました。先生によると、CEOの性格・考え方が企業の成長にどう影響を与えるか、研究の世界では次々と判明しているとのことです。先生の研究内容を交えつつ、勤務先・取引先・投資先など、ご自身が関わる企業を深く知るためのヒントを探っていきましょう。取材日:2023年8月30日CEO研究の現状CEOの特徴によって企業は大きく変わる先生はCEOに関してさまざまな研究をされていますが、現在どのようなことが判明しているのでしょうか?研究の世界では、企業の収益性の変化に最も影響を与えているのは、CEOであることが判明しています。しかも、会社の名前・業種・規模など、他の要素よりも圧倒的な影響度があるんですよ。わかりやすい例として、年齢が挙げられますね。年齢の違いで投資判断も変わってくるのか、定年に近い人だとどうなのか、さまざまな条件で分析されています。生物学的な性別の違いも研究されており、男性ホルモンのテストステロンの分泌量が比較的多い男性のCEOは、中長期的にリスクを取って冒険する傾向があるんです。一方、女性のCEOは安定志向で、会社を潰さない経営を志向する傾向があることがわかっています。ちなみに、上記の論文が公開された後、海外のCEOはクリニックに行って、テストステロン注射を打ちにクリニックの列に並びに行っていることが、フィナシャルタイムズで公開されました。もはや生物学?!CEO研究は人間を研究することだった インタビュー時の鈴木先生海外CEOが注射を打ちにいくほど、経営においてテストステロンは重要視されているんですね……!年齢とともにテストステロンは減少していくので、結構重要なことなんですよ。何事も合理的に判断するのではなく、「やりたいからやる!」っていう思い切った決断も、CEOには求められます。急成長企業には冒険するCEOが常に存在するのです。例えば、個人投資家のお金を預かって運用するファンドマネージャーのテストステロンを調べてみると、業績が良いファンドマネージャーとテストステロンの多さに相関関係があることも判明しています。ちなみに、男性の手を見るのが好きな女性っているじゃないですか。単純に好きだから見ているんじゃなくて、実は無意識にテストステロンの多さを見ているという話もあります。テストステロンが多いと暴力的になるって言われていますが、実は仲間には優しくなったり女性にモテたりするなど、研究を通じていろんなことが判明しています。経営学のお話を聞きに来たつもりでしたが、ホルモンのお話が出てきてすごく面白いです!経営を研究するというより、もはや人間を研究している学問ですね。おっしゃる通りです。他にも、性格・経験・プライベートでのお金の使い方など、いろいろな角度から検証されています。要は、肉体的なことから心理的なことまで、人間の特徴が経営にどう影響するか、分析して実証することが我々の研究です。実は、経営学における初期の研究にも、どのような宗教・宗派を信じるかで経営方針は変わるのかっていうものもありますよ。CEOを取り巻く人間関係と業績の関係性「しがらみ」があることによる影響経営学って難しいイメージがありましたが、私たちにとても身近なお話ですね。では、先生は現在どのような点に注目して、CEOの研究を進めていらっしゃいますか?現在、しがらみについて研究を進めています。しがらみとは、会社での存在感が大きい人の影響で、本来取るべき経営判断ができないことを言います。やっぱり、良い意味でCEOが自由に経営できないと、会社が成長するのは難しいんです。じゃあ、なんでしがらみが生まれるかっていうと、お世話になった人への恩義があるから。先輩たちが残したものを本当は潰したほうがいいけど、先輩たちのおかげでCEOになれたから手が出せないんですよ。実際、「レシプロシティ(返報性)」という、やってもらったことに対して報いたいという心理があることが、科学雑誌「Science(サイエンス)」で掲載されていました。具体的には、どのようなしがらみを研究されているのでしょうか?私の研究では、自分をCEOに選んでくれた人が顧問や相談役のポジションにいることで、会社の経営にどのような影響を及ぼすか分析・検証しています。例えば、大きな戦略変更が起きやすいかどうか検証した結果、そうしたポジションに恩義のある方がおられると、戦略変更が起きにくいことが判明しています。併せて、経営者の選ばれ方に関しても研究しています。本来、企業の将来性を考えて有能な人を選ぶべきですが、前のCEOのえこひいきで選ばれる場合もあるんですよ。同じ大学出身とか同じ部署で一緒だったとか。自分が院政を引くために、息のかかった人を選ぶということですね。その結果、能力が低い人がCEOになって、会社のパフォーマンスが悪くなってしまう。しかも、えこひいきで選ばれたCEOは、次のCEOを選ぶ際にもえこひいきする可能性が高いこともわかっています。ちなみに、米国でのCEOの選ばれ方はどんな感じですか?日本は先輩後輩の関係を大事にして、米国は合理的に判断するイメージがあります。実は、米国ってめちゃくちゃコネと学歴社会ですよ。MBA持っているだけで給料めちゃくちゃ上がりますし、そもそもコネがないと就職するのも大変。米国ほどコネや学歴がものをいう国はなかなかありません。逆に言えば、人からの評価を重要視している社会と言えます。学歴も言い換えたら教授の評価ですし、信用される関係性を築いたから紹介されるわけです。人を通じた情報のやり取りに、高い価値があると考えられてるかもしれません。やっぱり人って、関係性がないと相手をちゃんと評価できないと思うんです。えこひいきで評価したらよくないけど、人を正しく見るという意味では、すごく大切なことじゃないかな。癒着が起きたりわざと良い取引をしなかったりするのも、人との関係から始まっているわけです。企業の代謝を上げるにはどうしたら、日本の大企業は変われるでしょうか?大企業は変わらなきゃいけないって言われておきながら、変わらない理由の1つとして、能力が高い人というよりはえこひいきで選ばれることが、連鎖的に起こっていることが考えられます。じゃあ、単純に有能な人がCEOになったら大丈夫かというと、そうとは限りません。なぜなら、時代は常に変化していて、その人の経験・知識が陳腐化する可能性があるからです。とはいえ、業績を上げて偉くなったわけだから、会社内でものすごい影響力を持ってしまい、誰も歯向かうことができない。だから、能力が陳腐化し会社の成長を阻害するようになったとしても、実績のあるCEOをやめさせることは非常に難しいんですよ。株主ですら、次のCEOを連れてきにくいと言われています。業績を上げて高いポジションに就いたとしても、常に変化が求められると。具体的な対策はないのでしょうか?一部の企業では、対策として任期制度を導入しています。どれだけ影響力を持っているとしても、任期が過ぎたら次の世代にバトンを必ず渡すことで、企業の代謝を維持できます。いずれ交代することがわかっているから、CEO候補の人は選ばれるために仕事を頑張れるんですよ。新CEOの就任直後は業績が悪くなる傾向にあるんですが、任期制度を導入している企業だと比較的安定することがわかっています。任期制度を導入すると目先の利益を追いかけて、長期的な投資ができないって意見もあるんですが、日本の場合は任期制度は上手く機能しています。じゃあ、なんで日本は任期制度を導入したら上手くいったのか研究すると、相談役・顧問が中長期的な目線で行動を促す役目を果たしていると考えられているからです。最初に相談役・顧問のしがらみが、CEOに悪い影響を及ぼすと言いましたが、ちゃんと役割を果たせたら良い側面もあります。企業の不正を防ぐには企業の不正事件がきっかけでCEOの研究に興味を持ったそもそも先生がCEOの選び方に興味を持たれたのは、どのようなきっかけがあったんですか?2011年に起きた「オリンパス事件」がきっかけですね。オリンパスが長年隠し持っていた不正会計を、当時のCEOであるマイケル・ウッドフォートさんが海外投資家向けに公表しました。 当時のオリンパス社長、ウッドフォード氏 出典:THE WALL STREET JOURNAL「オリンパスに嵐を巻き起こした男-ウッドフォード氏、会社人生を語る」なんで彼じゃないと不正が世に出てこなかったのか、長年不正を隠し続けられたのか気になって調べると、しがらみが影響していたことがわかったんです。もう1つ、きっかけがあります。2015年に起きた東芝の不正会計が発覚した後、CEOに就任した室町正志さんが役割を十分に果たせていないと感じたんです。なぜなのか調べてみると、やっぱり「先輩方が残したものに手を付けられない」っていうしがらみが影響していたんです。 当時の東芝社長、室町正志氏 出典:毎日新聞「東芝不正会計を見逃した超巨大法人の「節穴監査」」元々まったく異なるジャンルの研究をしていましたが、CEOによって企業の業績が大きく変わることに興味を持ち出して、現在の研究を始めました。法的整備が進んでも最後はCEOのモラルが重要企業の不正を防ぐには、どうすればいいのでしょうか?会社の不正はいろんなケースがあるので一概には言えませんが、ニュースでよく取り上げられるのはガバナンスの話ですね。近年、法的観点からガバナンスを改善する動きがあります。多少は改善されると思いますが、根本的な解決にはなりません。例えば、社外取締役はどのように選ばれるか調べると、ほとんどの場合が経営者の友達か名前が売れている人を連れてきます。友達の首はなかなか切れないし、名前が売れているからといって会社の状況を見抜けるとは限らない。特に忙しい人だと見る暇もありません。友達・能力がない・忙しい、この3つが揃っていると会社の意思決定に対して、評価することができません。結果、企業が不正を起こしても見逃してしまう。不正を防ぐための社外取締役も、結局トップのCEOが選んでいるから、根本的な解決にならないと…。テクニックとして、役員のインセンティブとしてストックオプションを渡す方法もありますが、合法的な範囲で利益操作はできるので、正しく機能しない場合もあります。例えば、あえて業績を下げておいて、株式の権利行使権が決まる前に引き上げる方法があります。現在は違法ですが、株価が低い時にストックオプションを渡したことにする価格操作(バックデート操作)が、日本よりもガバナンスが厳しい米国で頻繁におこなわれました。不正を防ぐためにガバナンスの仕組みをどれだけしっかり作っても、やっぱり抜け道は必ずあるんですよ。ガバナンスはあった方がいいけれど、最終的に重要なのは経営者のモラルなんですよ。企業を成長させるにも不正を防ぐにも、トップであるCEOによって左右されるのですね。企業の動きを見るうえで、たくさんヒントをいただきました。今回はインタビューを受けていただき、本当にありがとうございます! -
競争が激化する日本のデジタル決済サービス。シンガポール在住の経済学者の視点は?|埼玉大学 経済経営系大学院 長田 健教授
ここ数年で、日本ではデジタル決済が一気に普及しました。クレジットカードや電子マネーを皮切りに、QRコードをはじめとしたスマホ決済も身近な存在になっています。しかし、あまりにも多種多様なデジタル決済サービスが乱立しており、使いたくても種類が多くてややこしく感じた人もいらっしゃるでしょう。そこでHonNeでは、現在シンガポール国立大学で研究を進めている埼玉大学の 長田 健(おさだ たけし)教授に、シンガポールのフィンテック事情を交えつつ、日本のデジタル決済の現状についてお聞きしました。日本のフィンテック事情が知りたい方や経済に関する教養を深めたい方は、ぜひ当記事をご一読ください。取材日:2023年8月3日写真出典:埼玉大学シンガポールで体感した海外フィンテックの利便性日本も含めて、世界中でフィンテックが注目されています。先生は現在シンガポール大学で研究されていますが、シンガポールはどこまでフィンテックが普及していますか?シンガポールは日本よりもフィンテックが普及している印象です。私がシンガポールに住み始めて、便利だなって思ったサービスが3つあります。それぞれ紹介しますね。海外送金アプリは早くて送金手数料がやすいまず1つ目が「Wise(ワイズ)」っていう海外送金サービス。ワイズはイギリスの企業が開発したサービスですが、とにかくめちゃ簡単で送金手数料がめっちゃ安い。 出典:wise公式サイト日本で一般的に海外送金するには銀行を利用しますが、まずアポイントメントを取らないといけません。アポイントメントを取って、銀行に行って本人確認やいろんな必要書類を書いて、やっと手続きが完了。海外送金の準備をするだけでも約1週間もかかるんです。そこから送金がおこなわれるので、実際にお金が相手に着金するまで、早くても数週間はかかります。銀行を使った海外送金は、なぜ1ヵ月近くもかかるんですか?マネーロンダリング(資金洗浄)のリスクを防ぎたいからです。悪いことして手に入れたお金でも、国境を超えた送金を何度か繰り返せば、綺麗なお金になって戻せます。国としてはマネーロンダリングを防ぎたいから、誰が誰に対してお金を送ったのかきちんと確認する必要があって、結果的に時間がかかるんですよ。でもワイズを使えば、1時間くらいで海外送金ができる。その理由は登録時にマイナンバーを使うから。マイナンバーとワイズアプリを連携するだけで本人認証が完了するので、アプリをダウンロードして数時間後には、もう海外送金ができてしまいます。マイナンバーがスマートフォンの中に!あらゆる本人認証手続きが数十分で完了なぜ、ワイズならマイナンバーを連携するだけで海外送金ができるんですか?それこそ、2つ目のサービスであるシンガポール版のマイナンバー「シングパス」です。 出典:singpass公式サイト日本のマイナンバーとの違いは、マイナンバーがスマートフォンのアプリ内にあること。アプリ内にあることで何が便利になるかというと、本人認証がスマートフォンの画面で完結するんです。僕がシンガポール労働省で労働ビザを発行した後、「銀行口座作らなきゃ」と思って、現地銀行のアプリを帰り道のバスの中でダウンロードしました。そしたら、帰宅した頃にはもう銀行口座が開設されていて、すごくビックリしたんです。銀行口座が数十分で開設できたんですか!とても早いですね。数十分で銀行口座が開設できる理由は、銀行アプリからシングパスのアプリへ移動して、パスワードの入力と顔認証だけで本人認証が完了したからです。銀行口座だけじゃなくて、本人認証が必要なあらゆるアプリがシングパスと紐づいている。だから、あらゆる手続きがスマートフォンの画面だけで完結するんです。他にも、いろんな商業施設の利用料が割引されるアプリがあって、そのアプリを使うにも本人認証が必要だったんですが、シングパスと連携したらすぐに使えました。日本だと毎回マイナンバーカードを撮影する必要があるのと比較すると、スマートフォンにマイナンバー情報があるのは便利ですね。あらゆる世代に普及したデジタル決済サービス。決め手は銀行口座への直接送金機能では、3つ目のサービスはなんでしょうか?3つ目は、デジタル決済サービスの「PayNow(ペイナウ)」です。 出典:PayNow公式サイトペイナウはシンガポール銀行協会が主導して作った送金サービスで、現地の人はみんな持ってる。だから、シンガポールでは現金を使う機会がほとんどなくて、ペイナウかクレジットカードさえ持っていれば、シンガポールでの支払いにほぼ困りません。しかも、ペイナウなら銀行口座に直接送金できるんです。シンガポールの銀行は電話番号と紐づいていて、ペイナウに電話番号を入力すれば、指定した銀行口座にすぐ送金してくれます。しかも、手数料も無料なんですよ。それは便利ですね!日本でもデジタル決済アプリで送金できますが、送金先は銀行口座じゃなくて専用のデジタル口座です。人によって使っているアプリが違うから、ちょっと利便性に欠けるなと思っていました。僕もゼミのゼミ合宿を開いた時、ゼミ長に合宿費用の集金をお願いしたんですけど、集金方法が銀行口座とLINE Payに指定されたんです。僕は銀行口座で振り込みましたけど、おそらくLINE Payを使っていない人は、「PayPay使ってよ〜」って思ったはずです(笑)。でも、シンガポールならみんなペイナウを持ってるから、個人間のお金のやり取りで困ることは基本的にありません。それこそ飲み会を開いた場合、グループチャットで自分の電話番号を共有すれば、みんなペイナウで送金してくれるので、飲み会代を1つの銀行口座で簡単に集められます。日本で銀行口座に直接振り込むなら、スマートフォンアプリでも口座情報やらパスワードやら入力する必要がありますよね。振り込み手数料も支払わないといけなくて、面倒臭いじゃないですか。だったら「現金で直接渡すよ」って思いませんか?おっしゃる通りです(笑)。しかも、おじいちゃんおばあちゃんが営んでいるようなお店でも、ペイナウで送金できる。先日、近所の八百屋さんで果物を買ったんですけど、お店の壁にペイナウのQRコードが貼ってあって、それを読み込めば送金完了。送ったお金は、お店の銀行口座に直接振り込まれました。日本国内でもPayPayやLINE Payなどのデジタル決済サービスはありますが、おじいちゃんおばあちゃん世代まで普及していないと思うんです。確かに便利だけど、超便利とまでは言えない。その理由を考えると、やっぱハードルが高いんじゃないかな。ペイナウはシンガポールの銀行協会が作りましたが、言い換えればシンガポールの銀行が共同で作ったようなもの。だから、お互いの銀行口座が違っても手数料無料の直接送金が実現したんだと思います。銀行が決済サービスに力を入れている理由とは国内に目を向けると、三井住友銀行のOliveをはじめとして、多くの銀行が決済サービスに力を入れています。銀行が決済サービスに力を入れている理由として、何が考えられますか? 出典:三井住友銀行「Olive」今の日本だと、伝統的な銀行サービスは儲からないんです。ご存知の通り、金利が低くなり過ぎて預金金利もほぼゼロと言っていい。銀行が担ってきた仲介ビジネスがほぼ成り立たなくなっています。私が小学生くらいの1980年代は、お金を貸せば貸すほど銀行が儲かる時代でした。預金金利も5〜6%付くから、当時の新人行員たちは地元のお金持ちの家庭に行って、「お金を預けてくれませんか」って一生懸命営業していたんです。でも、今は預金がたくさんあっても貸し出し先が少ない。預金と貸出の比率を「預貸率」と言いますが、1980年代は100以上だったのが、今では70程度なんですよ。ということは、0.001%でも預けている人たちに金利を渡すと、ますます銀行の取り分が減ってしまう。さらに預金管理の維持費用も考えたら、伝統的な銀行サービスはもはや利益を産まないお荷物のような存在と言えます。だから、銀行は他に利益を得られる方法として、決済に力を入れていると。もっと言えば、預金管理が負担になっているから、預金の使い道を探していると考えられます。例えば、証券口座と銀行口座を連携させた投資サービスも挙げられます。預金を使って株式を買ってくれたら銀行の手元から預金が離れますし、取引手数料で利益も得られる。少なくとも、日本国内では預金がコストになってます。その預金をうまく使いたいと、銀行は考えているんでしょう。 ちなみに、日本国内の預金がどんどん株式市場に流れたら、経済はより活発化するでしょうか?学術的な立場で話すと、預金が株式市場に移ったことで経済の資金循環が良くなるかどうかは、自明ではありません。確かに、株式市場にお金が流れたら株価は上がりますが、企業にお金が流れた訳ではないですよね。あくまで株価は、上場企業が発行した株を私たちが転売し続けた結果の価格です。もちろん、株価が好調という理由で株式を追加発行すれば、新たな資金の流れは生まれます。逆に株価が下がったら、企業は資金調達を控えるかもしれない。私達個人にとっても資産が目減りするから、消費活動が停滞して景気が悪くなる可能性もあります。政府は積極的に投資による資産形成を推進していますが、みんながリスク資産を持てば経済全体が良くなるかどうかは、きちんとした分析・検証が必要ですね。ただ、少なくとも銀行口座に置いておくよりも株式市場に流れている方が、経済的にポジティブな影響を与えているでしょう。戦国乱世な日本の決済サービス、なぜ乱立している?銀行だけでなく、PayPayやLINEPayなど多くのIT企業もデジタル決済サービスに力を入れています。ますます競争が激化していますが、先生は日本のデジタル決済業界をどう捉えていますか?おっしゃる通り、今の日本のように「〇〇Pay」がいくつもあるよりも、シンガポールのペイナウのようにみんな使うサービスを1つに絞った方が便利だと思いますよね。実際、外国人が日本のコンビニのレジを見たら、「決済方法どれだけあるの!?」ってビックリすると思います。ただ、経済学的には競争すべきと考えられています。複数の主体がサービスを提供していれば、競争が生まれて適正価格に落ち着き、より良いサービスも生まれるからです。もしサービスが1つしかない場合、独占状態になって価格が言い値になる恐れがあります。それこそ、もし銀行が1つしかなかったら他の借り先がないので、お金を借りるために銀行の言いなりになるしかありません。経済学の基本的な考え方ですね。ただ、民間がやると問題が発生するものは政府が担う必要があって、その最たる例が防衛です。民間に防衛を任せたら、大変なことになるでしょう。つまり、民間による競争原理がうまく機能しない領域は、政府が入った方がいい場合もあるんです。だからシンガポール政府は、デジタル決済は民間で競争を促すよりも自ら主導した方がいいと割り切って、ペイナウを作ったんだと思います。一方、日本の場合は競争を促し過ぎてしまった。今この瞬間も、トップの人たちは日本の小口決済のプラットフォーマーになるべく、一生懸命考えてると思います。それこそ、三井住友銀行は日本を代表する銀行だから、PayPayやメルカリとかに奪われたら、たまったものじゃない。だから、三井住友銀行はOliveというサービスをリリースしたのだと思います。どの企業が日本の決済サービスを牛耳るか、今後も目が話せないですね。この度はお話していただき、ありがとうございました! -
経営学の理論を実務に活かす!新潟大学の准教授が挑むサービスのイノベーションとは|合同会社RJ’s リサーチ・アンド・アドバイザリー代表 伊藤龍史
皆さんは経営学について、どのようなイメージを持っていますか?もしかしたら、会社経営という実務の場で活かされない、机上の空論だと思う方もいらっしゃるでしょう。そこに一石を投じるのが、新潟大学で主にアントレプレナーシップ論を研究されている、 伊藤 龍史(いとう りょうじ)先生。先生は自らの研究活動を通じて、新潟発のスタートアップ「RJ's リサーチ・アンド・アドバイザリー」を立ち上げました。先生によると、「経営学の研究者だからこそ、理論と実務の橋渡しができる」と語っています。その根拠を探るために、当記事では会社の事業内容や先生が起業した理由を聞いていきます。インタビュー日:2023年9月26日経営学の理論を実務で活かすサービスを提供したいまずは、先生が立ち上げた会社「RJ's リサーチ・アンド・アドバイザリー」の事業内容を教えてください。一言で言えば、コンサルティング会社のコンサルティング業務や、個別企業への経営アドバイスなどをおこなっています。具体的には、クライアントの文脈に合わせて適切な理論や分析手法を探し出し、それらを応用してアドバイザリーサービスを提供しています。事業を一言で表現する言葉があまりないので、私は「アドバイザリー」と呼んでいます。以前から、私は経営学と実務の場に距離感を感じてました。この間を取り次いでいるのがコンサルティング会社ですが、時間やスキルなどの要因で、現状は体系化されたフレームワークに当てはめることがほとんどです。コンサルティング事業のバリューチェーンがあるとすれば、その一番上流側に位置するのが、アドバイザリー業務だと思います。その業務が最も出来るのは研究者じゃないかなと思って、会社を立ち上げました。なぜ、理論と実務の場に距離感が生まれているんでしょうか?それぞれのベクトル、目的が違うからです。本来、研究はあらゆる文脈に当てはまる理論を作り上げて、普遍化することが目的です。自然科学だとイメージしやすいと思いますが、経営学や経済学といった社会科学では、条件によって理論が通用しなくなる場面が多くあります。一方、実務の場では状況に合わせて対処することが求められます。つまり、普遍化を目指して作られた理論が、実務の場で綺麗に当てはまることは、ほとんどありません。したがって、企業の事情に合わせて理論を当てはめるには、作られた理論の一部を崩して作り替えたり、1から構築したりする必要があるんですよ。先生の事業内容は、他の会社でおこなわれていないんですか?日本だと、数えるほどしかないですね。ただ、米国だと珍しくありません。実際、米国の大学に所属している研究者で起業している人も知っています。実は、個別の企業でしか成り立たない理論を作ることは、多かれ少なかれ一般化(普遍化)を目指す経営学の世界では、ゴールではなく通過地点でしかありません。でも、医者だって普段は患者を診断・診療しつつ、特殊な患者を見つけたら詳しく分析して新しい知見を生み出していますよね。医学だと当たり前なのに、経営学だと学問の世界と実務の世界の目線が分断されているように思えて、ずっと変だなって思っていたんです。都会ではなく、あえて新潟で起業した理由とても意義のある事業だと感じましたが、会社の拠点は新潟ですよね?東京や大阪といった都会の方が、ニーズは高いと思うんですが…。おっしゃる通り、業績だけを考えると都会に拠点を置いた方が成長スピードは早いでしょう。それでも新潟で起業したのは、世間からまだ理解されにくい・受容されていないサービスが、どのように受け入れられ浸透していくか見ていきたいからです。その背景には、私の研究テーマである「顧客側のアントレプレナーシップ」が関わってきます。アントレプレナーシップは、本来企業がイノベーションを起こすために考えられた概念です。イノベーションといえば商品・製品といったモノがイメージしやすいですが、近年ではサービスでのイノベーションも確認されています。一方、サービスはモノと違って再現性が非常に難しいんです。例えば大学の講義で例えると、毎年同じ講義をするつもりでも、私のコンディションや生徒の態度によって、講義内容は多少変わる可能性があります。つまり、サービスの価値を最大化してイノベーションを起こすには、企業側と顧客側、双方のアントレプレナーシップが必要です。このことを、私の造語として「デュアルアントレプレナーシップ」と呼んでいます。自らデュアルアントレプレナーシップを実践したいと思って、あえて新潟で起業することを決めました。1番攻略しにくい場所、いわゆるラスボスから攻める感覚ですね。おっしゃる通りです。私は、最も必要ないと感じそうなクライアントにサービスを提供できることが、“勝ち”だと考えています。メインバンクも、ほとんどの新潟の会社が選ぶ第一北越銀行ではなく、あえて燕三条信用金庫にしました。燕三条地域には、自分自身の経験知で長年会社を続けてきた、職人気質な経営者さんがたくさんいらっしゃいます。当然、いきなり私のサービスを持っていっても、「いらん」と言われるのがオチです。実際、自分たちが考えていることを理論的に補強する朝ゼミを企画したんですが、「いらない」「高い」「朝は忙しい」って言われて、案の定惨敗しました(笑)。だからと言って、相手に寄せては意味がありません。寄せずに受け入れられるよう、サービス内容やアプローチの仕方をブラッシュアップして、日々再挑戦しています。起業の原点となった、シリコンバレーでの共同研究起業した背景には、先生の研究テーマが関係していたんですね。何がきっかけで、顧客側のアントレプレナーシップを扱い始めたんですか?コールセンターのオフショアリング(企業がサービス業務を海外に移すこと)研究がきっかけです。研究するには、理論・分析方法・現象の3つが必要です。私の場合、3つ目の現象をなかなか選べず、当時の指導教授からヒントをもらったのがオフショアリングでした。ただ、オフショアリングはいろんな仕事で活用されているので、何かしらの側面に焦点を当てないと、研究するのが難しかったんです。そんな中、シリコンバレーでマーケティング領域でのオフショアリングを共同研究する機会に恵まれました。シリコンバレーには、マーケティングで世界的権威がある研究者が集まっています。当時の私は駆け出しの研究者で、彼らと研究するには「この領域なら私が一番詳しい」という、私だけの強みを求めていました。強みとなる具体的な研究対象を調べた結果、コールセンターのオフショアリングが最もマーケティング寄りだと気づき、今でも共同研究を続けています。そこから、どのように顧客側のアントレプレナーシップへ行き着いたんですか?コールセンターのオフショアリングを分析し続けると、顧客が海外に繋がっていると気づいた場合、急に態度を変えることが判明しました。スタッフは日本語名を名乗って違和感のない日本語を話すので、海外に繋がっていることは基本的に気づきません。ただ、何かしらの理由で「海外に繋がってる…?」と感じた瞬間、良い意味でも悪い意味でも、話し方やサービスの満足度が変わってしまうんです。この現象を説明できる考え方は何か、研究を進めてみた結果、顧客側のアントレプレナーシップにたどり着きました。起業と研究は別々におこなっていると思っていましたが、裏ではしっかり繋がっていたんですね。文化を作って、お世話になった場所に恩返ししたいここまで、先生の事業内容や起業までのエピソードを聞きました。今後のビジョンについて教えてください。新潟に加えて、福岡・東京・シリコンバレー、この4箇所に会社の拠点を出すことを目標としています。なぜかというと、この4箇所が私にとって大切な場所で、恩返しがしたいからです。福岡で生まれ育ち、学生として東京で学び、私の研究に大きなきっかけを与えてくれたシリコンバレーを経て、今は新潟で研究をさせてもらっています。会社経営の目標というと、売上〇〇円が一般的かもしれません。でも私の場合は、その4箇所に拠点を出して、サービスを提供し雇用を生み出し、私のサービスが浸透する文化を作りたいんです。文化を作っていく、素敵な言葉ですね。研究者としては、何を追求していきたいですか?個人的な感覚ですが、私は世の中のイノベーションに対して、偏りを感じています。その偏りのメカニズムを解明することが、研究者として生涯をかけて追求したいことです。お客さんの悩みを解決する商品・サービスの組み合わせをすべて考える場合、解明するには膨大な時間がかかります。例えば、世の中には50の「何か」しかないとします。一方、お客さんの悩みの構成要素は10だとします。そうすると、単純に組み合わせだけを考えてみても膨大なパターンが考えられますよね。しかし、世に次々と出てくるイノベーションは従来の商品・サービスと似ており、私はどうも生まれ方に偏りを感じるんです。政府の政策といった外部的な要因も十分考えられますが、私は起業家と顧客との出会い方に原因があると考えています。だから、起業側と顧客側、双方のアントレプレナーシップの研究が必要だと思って研究しています。また、自身でも身をもって観察してみようとも考えて、自ら起業にも挑戦しました。研究も教育も起業も、何かの残り香を社会に残したい先生が企業した理由は、研究の一貫でもあったんですね!そう考えると、先生はとてもチャレンジングな方だと思いました。私、世の中に「私がいた!」っていう証、残り香を残したいんです。寂しがり屋なので、忘れられたくないんですよ。なので、論文の執筆や学生への指導、会社を作ることは、ある意味世の中へのマーキングです(笑)。もちろん、自分が死んだ後の世の中なんてわかりませんが、少なくともやりたいことをやらないと、自分の生きた痕跡は残せないんだろうなって思っています。だから、私は挑戦しているつもりはなくて、単純にやりたいことをやっているだけです。その結果、将来誰かが「伊藤がいたおかげで助かった」って、言ってもらえる世の中にできたら良いなと考えています。やりたいことをやっているだけ、そう考えたらシンプルですね。ちなみに、やりたいことをやるために、どのような工夫をしていますか?人には見せないんですが、やりたいことリストを作っています。結構細かく書いていて、大きいこと小さいこと関係なくまとめていますね。それこそ、思いつきで「0時を回った後にラーメンが食べたい!」とか書いてますよ(笑)。普段は思いつく度に箇条書きでメモしていますが、ある程度たまったタイミングで、自分にとって幹になる部分と分けて整理しています。あと、1〜2分だけでも毎朝見るようにしています。やっぱり人間なんで、どうしても忘れちゃうんですよ。どれだけ本当にやりたいことでも、目の前の仕事ややるべきことで頭から抜けてしまう。毎日見ることで、思い出すきっかけを作ることが大事じゃないでしょうか。